2005/6/20  

HAPPY BIRTHDAY  

みなさんこんばんは

 最近は気温も徐々に高まってきて、梅雨を通り越して夏が
やってきたような感じですね、体調のほうはいかがでしょうか?
私は暑さとともにパフォーマンスを高めて行くタイプなので、
今からが本調子です! 

 さて、今日は私の家族のこと、そして思いで話なんかを
書いてみたいと思います。 
今日6月20日は、私の亡くなった兄、武井情の誕生日なんです。。

 兄は中学卒業とともに俳優になることを目指して養成学校に通い、
その後先輩俳優の付き人などを経て、20歳になるころにはTVCMや、
Vシネマ、TVドラマなどにも出演するようになり、長い下積み生活
から俳優としての入り口にやっと辿り着きました。
その矢先、23歳の誕生日を迎える頃に、体調不良を訴えて入院した
兄の身体が末期の癌に冒されていることが判明しました。。
その頃私は十種競技に転向し、日本選手権やインカレなどで好成績を
あげ、初の海外遠征試合にエントリーするなど、若い自分にとって
絶頂とも思える順調さで毎日を送っていました。
 一方、兄の病気の進行は思った以上に早く、判明から2ヶ月も経ったころには
腹部はまるで妊婦のように腫れあがり、抗がん剤の影響で髪の毛は抜け落ち、
立ち上がることもままならない状態にまで陥りました。
そして一回目の手術を迎え、彼の腹部から摘出された癌細胞は、ボーリング
の球ほどの大きさのものでした。 内臓をほぼ全摘出し、人口肛門などを
付けた状態で手術は終わりました。 その後一時期小康を保てたこともあって、
共に映画を観に行った記憶があります。 野球好きな兄の希望もあって、
観に行った映画は「メジャーリーグ2」でした。 

 そして7月を迎える頃になると、彼は意識の薄い状態もしばしばあるほどに
衰弱し、抗がん剤のダメージは彼の身体を激しくむさぼり、下肢は水風船
のように膨らみ、脂肪は全て削げ落ちて、まるで餓鬼のような外見に
なっていたのです。  私はトレーニングによって充実を増す自分の肉体
と裏腹な兄の状態に、複雑な思いが拭いきれずにおりました。。
そんな折、私の初のヨーロッパ遠征の期日が迫ってまいりました。
夢にまで見たドイツでの国際大会出場への興奮も、こうした状況の中で
迷いを伴わざるを得ない状況でかき消されつつありました。。
 兄の容態はいつ急変するか分からない状態で、2週間を予定していた
ヨーロッパ遠征は私にとって日数以上に長いものであることを理解
していたこともあり、私は一時中止を決意したほどでした。
 しかし、兄は私に「俺は大丈夫だから、好きなことをやって頑張って
きな。できるうちにやっておかないとならない事があるんだから。」と、
今にも消え入りそうな声で囁きました。 
 
 そして迎えたドイツでの国際大会で、私は9種目のベスト記録を出して、
7143点の関西学生新記録となる記録をマークしたのですが、そのときの
コンディションは決して万全ではありませんでした。 9種目を終えた時点で
体力のほとんどを使い果たしてしまった私は、そのインターバル中に発熱し、
朦朧とした状態で、1500mのスタートラインに立ちました。
2周目のラップを刻んだ瞬間に精神力を使い果たして、ガクンとスピード
が落ちた私の頭の中で、兄の声が響きました。
「好きなことで頑張ってるのに、力を出し切らないの?自分に負けてもいいの?」
兄の姿が頭をよぎり、「苦しくたって死ぬわけじゃない」という思いで
もう一度意識が強く動き出すのを感じ、さすがにベスト記録はマークできませんでしたが
目標記録内でフィニッシュラインを切ることができました。
 
 初出場の国際大会での初優勝を手にすることができた瞬間は、その華やかな
喜びの輪、そして興奮さめやらない周囲の声援とともに、兄の衰弱した姿が
頭をかすめた服複雑な状況でした。 

 そして優勝の報告を手土産に帰国してはじめて病院に向かった私の目に
飛び込んできたのは、それまで以上に衰弱した兄の姿でした。 優勝の報告に
最後の笑顔を残して、それから1週間で兄は息を引き取りました。
無限のように思えるほどにトレーニングによって蓄えられていく体力を実感
できるほど充実した毎日を送っていた自分。
それと相反するように、日々削られ、弱っていく兄の姿に、一時期は自分が
その生気を吸い取っているような錯覚にも襲われました。。
 しかし、私にできることはたったの一つです。「彼が失った時間」で教えてくれた、
「自分に残された時間」の大切さを充分に噛み締めて、その一秒一秒を全力で
生きること。  それからの私に迷いはありませんでした。。

 兄は今でも私を大きく支えてくれています。
「男は全開」こんな言葉を実践できるのもこうした出来事に支えられているから
だと感じています。 別れは辛い出来事でしたが、私にとってその出来事が
私を今よりもっと高い場所へと導くベースになっているんですね。
それ以外にもたくさんの支えがあって、別れ以上にたくさんの出会いがあって、
それら全てで弱い自分をちょっとずつ動かすことができるんですね。。

 みなさんにとってはどんな出来事が、そしてどんな人たちが支えになってくれて
いますか? 自分ひとりではどうしようもない、弱い自分を奮い立たせてくれる
何かがきっとあるんじゃないかなあ?って想像しています。 自分自身の存在が、
他の誰かのそんな気持ちを生み出すこともあるのかも。 思い上がりではなく、
そんな存在になれるくらいに自分に正直に、真っ直ぐに人生を送っていけたら
嬉しいなあ。。そう思っています。

 兄貴!ハッピーバースデイ!! これからもよろしく!
命日じゃなくって、誕生日に挨拶したいなあ、と思いました!
無くなる日より、生まれた日のほうが幸せな気分になれるから。。。

 それではみなさん、今週も全開で頑張りましょう!
みんなで何かを生み出しましょうね! スポーツで!またみなさんが求める道で!!

2015/12/13  12:34

投稿者:みさ
初めてコメントします。
私は高2の冬に急性すい炎で死にかけた事があったし今は31で体調を崩す事もあるけど元気です。

それに私は長生きして欲しかった大好きな祖父母の分まで生きます。

武井さんもお兄さんの分まで長生きして下さいね。

ずぅーと大好きです。

応援してます♪

2015/4/17  0:00

投稿者:唯
武井さん

坂上忍さんとのエピソードを知り、このブログにたどり着きました。大切なお話をありがとうございます‼︎ 胸が熱くなりました。

武井さんのパワーの源なんですね。これからも、全開で生きてください!

このエピソードが、多くの方に届きますように。

2015/4/16  12:45

投稿者:さくら
武井さん
ただただあなたにありがとうをお伝えしたいです
今の自分を考え改める事ができました

2015/4/3  21:56

投稿者:エイリン
同じ思いでいます。私もかけがえのない兄を二人亡くしました。両方ガンでした。2つ上の兄はとくに苦労を舐めて生きてきたから余計に、終末期が辛かったです。私は元気でいるのになぜ兄がこれ程までに苦しまなければならないのか、無力な自分に情けなかったです。最後を看取り、私は変わりました。兄の分も生きなければと、何をやるにも1秒1秒を無駄に出来ないのです。全力になるのです。明日生きたかった兄を思えば時間が大切なんです。
だから私は、兄の死をきっかけに生き方が変わりました。
二人の息子の育てかたも変わったんです。二年続けて二人の兄を亡くしてさらに、叔父、実母と。辛くてその分、私の家族を大切にする思いは誰にも負けません。死別から人間は成長するものだと解りました。

2015/2/23  23:23

投稿者:たかぽn
武井さん、あなたのこのブログの文章を読んでまた
生き方を考え直すひとが増えると思います。

わたしもそのひとりです。
2人の息子をシングルで育てていますが
どんなことでくじけそうになっても
負けずにがんばります。

だって生きてさえいれば何だってできる
そうですよね。
そして武井さんの一生懸命さと優しさの
根本にこのような経験がおありと知り
今後 ますます応援させていただきたいと
思いました。

2015/2/23  22:10

投稿者:ミスターポリス
今日、2月23日。
深いい話を見ました!
武井さんの兄さんのことは坂上忍さんが先日番組で話していて知っていました。

今日の深いい話の武井さんのVを見て参加者はウーンでしたが、私は深いい!でしたよ。

笑って過ごした武井さんもかなり深いい!でしたね。

私も頑張りますので…

masa.sakai3@facebook.com

2015/1/2  21:50

投稿者:まめ
「武井壮しらべ」が終わってしまい、残念です。
それまでは「笑っていいとも」などでの
バラエティでの武井さんしか知らなかったのですが、
『武井壮しらべ』で武井さんの真面目で本気なところが好きになりました。
特に最終回のお話は心に残ってます。(録画も残ってます。うちに来た友達に見せるとみんな武井さんのイメージがかわったといいます)

この前、JAFの小冊子で武井さんが久保純子さんと対談しているなかで、
お兄さんとのことが書いてあり、こちらのブログに辿り着きました。
「兄貴!ハッピーバースデイ!」で、涙が溢れました。
武井さん、大好きです。うちの主人もファンです。
一生応援していきます!!
42歳主婦

2014/8/24  0:43

投稿者:はるおう
日本では有名な”宇多田ヒカル”さん。
彼女のお母様の藤圭子さんが亡くなられて
1年だそうです。
当然、寂しい気持ちは、癒えることなく続いています。
ヒカルさんと同じように両親のどちらかを早くに亡くさ
れたご友人に、命日をどう過ごすのか?と聞いた所、そ
のご友人は、命日で親を偲ぶのではなく、誕生日を祝っ
ているのだと言っておられたそうです。
その話を聞いて、ヒカルさん、少し救われたみたいです


そんな記事を見かけた今日、壮さんのバケツのニュース
がクローズアップされていて、どうしてこんな考えがし
っかりしている(表現力がなくてすみません)のか気に
なり、検索していましたら、こちらのブログに出会いま
した。

壮さんも、ヒカルさんのご友人も、私とは直接のご縁が
ない方ですが、あまりにも偶然を感じて、思わず書かせ
ていただきました。

私も、命日だけではなく誕生日もお祝いするの、すごく
良いと思います。
今までお祝いしていた日は、お祝いの日ではなく、ただ
普通の日になってしまう事の方が、生きていた証がなく
なってしまいそうな感じがします。

息子も「武井教官」のファンです。
壮さんが食べるうどんが、とってもおいしそうで、この
夏3回食べました。

体を大切に。
TVでも陸上でも、これからも楽しませてください。
応援してます☆

2013/11/13  8:23

投稿者:えむ
情さんとは2年付き合いました笑うと八重歯があって優しくて二人で撮った写真があります あれから25年亡くなっていたなんて壮さんとはまだ中学生でテレビゲームをしていた姿がうかびますあなたを見たとき情さんに似ていると思っていたけれどやはり弟だったんですね 情さんは優しくて気遣いをする素敵な人でした 未だに亡くなったなんて信じられずにいます だっていつでも元気で笑っていたからジーンズ姿が今でも忘れられません
ご冥福お祈り申し上げます

2006/8/22  5:10

投稿者:情の友人
はじめまして。武井壮様
十数年ぶりに彼(武井情)の事を思い出しググッてみたらこちらにたどりつきました。
情とは一度だけ一緒に舞台に立ちましたが、色々気にかけてもらいました。ちょうどそのあと彼の闘病生活が始まったのだと記憶しています。
お見舞いにいくと、変わり果てた姿の彼は、
「病院抜け出して、天丼でも食いにいく?」
なんて感じで、どこまでも”粋”な奴だったと記憶しています。
オレも"全開"でいこう!

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