10月も終わり  

ついに10月も終わり。
いよいよ11月に入ります。
台湾で理事・支部長会のある月。
明治座の観劇会が遠い昔のことのようです。

明治座は準備万端整えば、
あとは劇場というプロ集団の進行に乗っていけばいいのですが、
台湾の方は155人の人間が移動を繰り返す行事。
何が起こるか分かりません。

しかも、異国での出来事。
考えうる限りの最悪の事態も予測しなければなりません。

「考えうる限りの最悪の事態」とうっかり書きましたが、
それは飛行機が落ちて全員死亡という
考えられない事態。
それは考えるのは、よしましょう。

それはさておいても、
ホテルの予約が間違えていて、泊まるところがない、とか、
理事・支部長会の会場がダブルブックだった、とか
宴会場が前日に倒産していた、とか
バスが1台故障して、
しかも近藤理事長の乗ったバスで、
理事・支部長会が開会できなかった、とか。

まあ、考えても仕方ないので、
考えませんが、
何事もなく終わってほしいですね。

155人もいるので、
1人位体調を崩す人が出るかもしれませんし、
物を失くす人もいるでしょう。

そういうことを想定して、
しかし、前向きに対処していくしかありません。

ただ、現地との意思の疎通の欠如による失敗だけは避けたい
というより、避けることが可能なので、
あさって、11月2日、現地に飛んで
最後の確認をしてきます。

既に分かっているのは、
観光スポットの一つが工事改装中とのこと。
その代替案として伝わって来たのが、
とても現地の人間が言っていることとは思えず、
中途で(何しろ、間に2社入っていますので)
情報が変化している可能性大。
そういうことを調整してきます。

話は変わりますが、
情けないですね、
守屋元政務次官の証人喚問。
官僚の本分を忘れた、たかり三昧
ゴルフ接待だの、食事接待だの、
「ストレスがあったので、解消したく、ゴルフに逃れた」
などと、男がよく言えたものだ。

あのような品性下劣で、つまらない顔をした人物が
事務官のトップにいたとは。
そういう組織は信用できません。
それが国防を担う省庁だとは二重に情けない。

便宜供与はしていないというが、
見返り無しに供応などしないのは、
小学生でも分かる理屈。

この人の背後にあるのは、
大きな「思い上がり」
自分は防衛省(庁)の役に立っている、
誰も口出しできはしない、
という尊大な気持ちからのマヒ。

その結果が、あのみっともない証人喚問。

亀田家も同じ。
自分たちがボクシング人気を盛り上げた、という思い上がり。
何をしても許される、という気持ちで
反則までしていいと思った。
それはスポーツマンの本分を忘れた姿。

自負心は大切ですが、
それが傲慢に変わってはいけません。


最近、事務局長に対しても嬉しいことを言ってくれる人がいます。

「事務局長のおかげで組合が立ち直った」
「あなたが稼いでくれるので、沢山の事業ができる」
「定年後もずっと勤めていただきたい」
「あなたがいなくなったら困る」

そんなことはありません。
誰がいなくなっても、ちゃんと動いていくのが
組織というものです。

いつも事務局長が言っているのは、
「人が変われば、
流儀とスピードが変わるだけ」。

その人がいなくなって組織がダメになるとすれば、
それはそこが「個人企業」だったということでしょう。
「余人をもって変えがたい」のは芸術家だけ。
しかも一流の。
普通の凡人はそうではありません。

こんなことを書くのは、
最近、ある方たちから、
「台湾は事務局長は別な飛行機で行くべきだ」
と言われたからです。
(ここで、台湾の話とつながるわけです)
「近藤理事長と事務局長を同時に失ったら、
組合が立ち行かなくなる」
こんなリップサービスをまともに受けて
そう思うことから慢心が始まります。

そういえば、昔、
ある団体の事務方のトップが
「私と理事長は同じ飛行機には乗らないんだ」
とのたまい、
それを聞いたわが父(当時70歳)が、
「そんなことを言うのか」
と憤慨していました。
その時、父の感覚の方が正常、と思いました。

何度も言いますが
自負心は大切ですが、それは傲慢とすれすれです。
近藤理事長がいなくなっても、
事務局長がいなくなっても、
組織は動いていきます。
「自分は特別だ」
と思うことから、思い上がりがふくらみ始めます。


もし飛行機が落ちて、
組合の幹部が全員亡くなるようなことがあるとしても、
残って組合を再建するために
飛行機を別にする、
などという傲慢なことを思うより、
一緒に生死を共にする方を選びたい、
と事務局長は思っております。

あと4年半で事務局長は定年退職しますが、
すぐに忘れ去られるでしょう。
あっというほど見事に。
その時、淋しく思う必要などなく、
「いい仕事をした」という自分の満足感があれば、
人からの評価は無用です。

イエスは自分の善行を人に見せるためにするな、
と言っています。
人に知られると、その報いを受けてしまい、
神からの報いを受けることができなくなる、というのです。
もし良いことをするなら、
密やかにせよ、
そうすれば、
「隠れたことを見ている神」
報いてくれる、と。

新約聖書の中の数あるイエスの説教の中でも、
このくだりは事務局長が好きなところです。




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