映画『私の親友、アンネ・フランク』『アンネ・フランクと旅する日記』  映画関係

アンネ・フランクに関する映画を2本。

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ナチス統治下のアムステルダム。
アンネは学校でハンナ・ゴスラーと友情を育んでいた。
二人は永遠の友情を確信していたが、
アンネはハンナと別れも告げずに
スイスに亡命してしまったと知らされる。
実は隠れ家に隠れていたわけだが、
そんなことはハンナは知らない。

やがて、ハンナの家庭にもナチスの魔手は延び、
強制収容所に入れられてしまう。

そのベルゲン・ベルゼン収容所で
ハンナは隣の収容所に、
アンネが収容されていることに気づく。

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病気にかかり、飢えているアンネのために、
ハンナは壁越しに食べ物を投げ込む。
捕虜との交換で、
自分は父親や妹と共に収容所を出ることが出来るのに、
それを拒否して留まり、
アンネのために食料を調達したのだ。

という、実在の人物のハンナ・ゴスラー氏の著述に基づく映画。

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筆者は93歳でイスラエルに住んでいる。

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「アンネの日記」の中では、リース・ホーセンスという偽名で登場する。
(「ハンネリ」という名前で登場する、という説もある)

映画は、収容所のハンナと
過去のアンネとハンナの交流を交互に描く。

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「アンネの日記」を元にした映画、
ドラマ、演劇、アニメ、マンガなどは、
日記を元に、隠れ家での生活を中心に描かれ、
フランク一家が密告されて収容所に送られるところで
終わっているものが多い。

この映画は、
収容所での後日談を描くところが、
一捻りあるものとなっている。
アンネは主役ではなく、
メインは彼女の親友のハンナ・ゴスラーの視点から描く。

ただ、最初に字幕で
「本作品は演出上の理由で一部脚色されています」
と断っているのは、
相当事実と違っているのではないかとは思われる。

また、二人の友情はそれほど美しいものではなく、
むしろアンネは好感度の低い、
意地悪な人物として描かれているのは、
どういう意図だろうか。

監督は、「アンナとロッテ」(2002)でアカデミー賞外国語映画賞に
ノミネートされたことのあるベン・ソムボハールト監督。

Netflixで配信。


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こちらは、アニメーション

アムステルダムの博物館「アンネ・フランクの家」に
展示されている「アンネの日記」の原本。
嵐の朝、展示ケースのガラスが割れたので、
館長はアンネの部屋の机の上で展示することにした。
すると、キティという少女が日記の中から飛び出して来る。
元々「アンネの日記」は、
空想上の友だちキティに対して書かれたもので、
そのキティが実体化してしまうのだ。
キティは、今が21世紀だとは気づかず、
アンネの姿を探してまわるが、
アンネはいない。
そのことがなかなか理解できないキティ。

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キティの姿は博物館の中では誰にも見えないが、
博物館から出ると、誰からも見える実体と化す。
また、日記を開くと、過去にさかのぼって
アンネと会うことが出来、
日記から手を離すと、
そこには現代の風景が広がっている、という設定。

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博物館の来訪者たちから金品をスリ獲って生活をしている移民の少年が
キティと行動を共にし、
映画が進むうちに、
アムステルダムに暮らす移民・難民の問題が
表面に大きくせり出して来、
ユダヤ人迫害問題と
根っこが同じであることを示していく。
最後に、キティが直面した難民たちの問題を解決するのだが、
かなり無理筋。

確かに、深いところでは同根だが、
ナチスのユダヤ人迫害はもっと根の深い、
別種のものだと思うが。

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監督のアリ・フォルマンは、
「戦場でワルツを」(2008)で、
アニメーション初のアカデミー賞外国語映画賞に
ノミネートされた人。


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アンネ・フランクの家

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映画「アンネの日記」

タグ: 映画



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