小説『52ヘルツのクジラたち』  書籍関係

[書籍紹介]

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先の「本屋大賞」受賞作

三島貴瑚(きこ)は、海辺の田舎町に引っ越してきた。
元祖母の住んでいた古い家。
買い手もなく、手付かずのままだったその家を、
疎遠だった母から譲り受けたのだ。

田舎町のことだ。
さっそく噂が立つ。
あの若い女は、東京で風俗をしていて、
ヤクザに追われてこの町に流れてきたのだと。
全部嘘だが、
貴瑚の過去が容易ならざるものであることは、
その腹にある刺し傷が示していた。
そして、「アンさん」という人物への思慕も。

その町で、貴瑚は、一人の少年と出会う。
元校長の孫で母親と一緒に暮らしているが、
何かが原因で、口がきけない。
それだけでなく、
体に無数の痣があり、
母親に虐待されているようなのだ。

家に帰りたくないという少年と貴瑚は一緒に住むようになる。
名前が分からず、とりあえず「52」と呼ぶことにする。

52とは、貴瑚が少年に話した、
クジラの話に由来する。
クジラ同士は会話をする。
10から39ヘルツくらいの周波数が普通だ。
しかし、52ヘルツの音しか出せないクジラの発する声は、
他のクジラには聞き取れない。
沢山の仲間がいるはずなのに会話をすることができない。
だから、広い海で他のクジラとは出会えない。
世界で一番孤独なクジラだ。
貴瑚は、寂しくなると、MP3プレーヤーに録音された
52ヘルツのクジラの歌声を聞いている。
なぜなら、貴瑚は、発する声を誰にも聞いてもらえない
52ヘルツのクジラの一人だったからだ。

物語が進むにつれて、
貴瑚の生い立ちや、
この町に流れてきた過去が明らかになってくる。

貴瑚は両親から愛されず、
それどころか邪魔者扱いされて育った。
貴瑚は母親の連れ子であり、
両親は新しい夫との間に生まれた子ども(貴瑚の弟)だけを
可愛がったからだ。
貴瑚が小学4年生の時、
貴瑚の服にアイロンがかけられていないと
担任教師から母親が注意されたことがあった。
母親は家に帰るやいなや、貴瑚を殴り、
満足に食事をくれなくなった。
母に恥をかかせた罰だということだ。
来客用のトイレに押し込められ、
火の気のない冷え切った狭い空間で、
温かそうな肉や魚の匂い、
楽しそうな家族の笑い声を遠くに感じながら食べるご飯は、
味がしなかった。
家庭の内にも外にも、貴瑚を助けてくれる人はいない。
「助けて」という貴瑚の心の叫びは、誰にも届かない。
52ヘルツのクジラの声が、
他のどのクジラにも届かないように。

高校を卒業して就職することになり、
寮生活で親元を離れ、
新しい人生が開けるかと思った時、
義父が難病に罹患し、
その介護が貴瑚一人に押しつけられる。
貴瑚は内定していた就職を諦めさせられ、
来る日も来る日も義父の介護に明け暮れる。
義父は感謝するどころか、
ことあるごとに貴瑚を罵り、杖で叩く。
やがて義父が認知症を発症した時、
母親は言う。
「あんたがちゃんとお父さんを看ていないからよ!
あのひとじゃなく、
こいつが病気になればよかった。
こいつが死ねばいいのに!」

絶望に陥り、死の誘惑にかられて町を歩いていた時、
牧岡美晴という高校時代の親友に再会する。
その時、一緒にいたのが安吾。
その人物こそ「アンさん」で、
美晴と安吾は貴瑚から事情を聴き出す。

「アンさん」こと安吾はもろもろの準備を整えると、
貴瑚を家から連れ出す。
もちろん母親は喚き散らしたが、安吾は一歩も引かない。
「貴瑚はあたしの娘よ。
勝手に出て行かせるもんですか!」
という母に安吾は言い放つ。
「こいつが病気になって死ねばよかったのに。
そう言った口で、彼女を娘と呼ばないでくださいませんか」
「いい加減そのうるさい口を閉じろよ、おばさん」

こうして、貴瑚は救い出され、
電気会社の工場に勤め始める。
美晴と安吾との交わりが貴瑚の人生を豊かにする。
安吾とは恋愛感情ではなく、
もっと深い繋がりだった。
安吾は言う。
「第二の人生では、
キナコ(アンさんは、貴瑚を、そう呼ぶ)は
魂の番(つがい)と出会うよ。
愛を注ぎ注がれるような、
たったひとりの魂の番のようひとときっと出会える。
キナコは、しあわせになれる」
「それまでは、ぼくが守ってあげる」

そして、貴瑚は恋人を得る。
貴瑚が働いている会社の跡取り息子で専務の新名主税。
8歳年上の頼れる男性だ。
ひょんなことから主税に見初められてつき合い始め、
不幸のどん底から一転、
貴瑚は幸せへの階段を一足飛びで上っていく。

しかし、主税と安吾とを会わせた時、
主税は安吾にからみ、互いに激しい敵意を抱く。
「アンさん」というのが男性であったことに衝撃を受け、
同時に、安吾が主税を睨んでいたというのだ。
主税から「あの男とは会わないでほしい」と言われ、
貴瑚は安吾と疎遠になってしまう。
ある時、安吾は、
「あの新名という男は、
キナコを泣かせるかもしれない」と言う。
そして、安吾は姿を消す。

やがて、主税には
5年間も同棲している婚約者がいたことが判明する。
主税は「このままの関係を、続けたい」と言い、
愛人になることを強要する。
女二人くらい幸せにできるという自信が、
主税にはあった。
父も祖父も愛人を持ち、血筋らしい。
一方、貴瑚の祖母も妾で、
貴瑚は自分の体に流れる「血」を感ずる。

後で分かったことだが、
貴瑚が主税と恋愛関係に陥ったことを聞いた時、
安吾は主税の周辺を調べ、
婚約者のいることも知っていたようだ。
だから、主税に会った時、敵意を表したのだ。

安吾は主税の父と会社宛てに密告文を送ったため、
主税も安吾の周辺を調査し、
ある事実に行き当たる。

この新事実が判明した時、
物語の光景がぐらりと変わってしまった。
まったく予測していなかった。

その後起こる悲劇は・・・・

とここまでで、あとは読書の楽しみを奪うことになるので、
書くのはよそう。
ただ、安吾もまた、
52ヘルツの声をあげる
一頭のクジラだった
のだということだけを記そう。

第一の人生から救出され、
第二の人生を悲劇で終えた貴瑚は
いわば余生の第三の人生で出会った
「52」の少年との交わりの中で、
再び人生を取り戻していく。

わたしはまた、運命の出会いをした。
一度目は聴いてもらい、
二度目は声を聴くのだ。


貴瑚の過去は、現在の物語と並行して交互に回想されるが、
この小説が一人称で描かれる必然がそこにある。

52ヘルツのクジラたち
それは世の中にあふれているのだろう。
声を発しながら、聞いてもらえない。
そのクジラたちの、
聞いてもらえた「魂の番(つがい)」の物語。

貴瑚と安吾の悲しい恋物語でもある。

最近読んだ小説の中では、
久々に胸を打たれた、という感想がふさわしい。

「本屋大賞」の受賞作には、ハズレがない。




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