映画『くじらびと』  映画関係

[映画紹介]

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インドネシア東部にあるレンバタ島のラマレラ村

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ガスも水道もない村に1500人が暮らす。
火山岩に覆われた土地は作物が育たず、
漁が唯一の生きる道だ。
マンタ漁や飛び魚漁もするが、
村を支えているのは、
クジラ漁だ。
年間10頭獲れれば村人全員が生きていけるという。

捕鯨船があるわけではない。
小さな木製の船でクジラの群を追いかけ、
船の上から飛び込んで、モリを突き刺す。

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文字通り命懸けの漁だ。
実際、ベンジャミンという青年が
漁の最中に命を落とした。
家族も村民も深い悲しみに暮れた。
“くじらびと”たちは互いの和を最も大切なものとして
支え合って暮らしている。
だから、ベンジャミンが舟に乗る前日、
夫婦喧嘩したことで、
ベンジャミンの妻は自分を責め続ける。

失われた舟の代わりに、
新たな鯨舟を作る。
しかし、機械があるわけではない。
ナタとノミだけで、木を削り、組み立てる。
「鯨舟は生きている。だから釘は刺せない」
と木と木をつなぐ。
設計図もスケールも使わない。
長年培われた技術の記憶だけが頼りだ。

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村に文明の利器らしいものはない。
唯一あるのが、舟に取り付けるエンジンくらいなものだ。
舟を作るのも、電動ノコギリはなく、
全て人の力でなし遂げる。

やがて進水式が行われ、
このときだけは、
女性禁制の舟に村の女性が乗ることが許される。
舟はまだ完成ではない。
実際に鯨漁をして初めて完成といえる。
なぜなら、頭の良い鯨は、舟の弱点を襲って来るからだ。

銛(もり)1本でマッコウクジラに挑むラマファ(銛打ち)は、
村の英雄であり、
子どもたちの憧れでもある。
親から子へ、ラマファの伝統は継承されていく。

伝統捕鯨の歴史は400年に及ぶという。
昔は日本でも、同じような鯨漁が行われていた。
造船技術の進歩で、
こうした原始的な鯨漁は終焉を迎えたが、
ここラマレラ村では
今も昔ながらのモリ打ち漁が行われている。

こうした鯨漁をカメラで記録したのが、この作品。
「世界でいちばん美しい村」(2017)などの写真家・石川梵
監督と撮影などを務めた。
石川監督は1991年からおよそ30年にわたりラマレラ村の人々を追いかけ、
信頼を獲得した。
だから、鯨漁の舟に乗せてもらえ、
貴重な映像を撮影出来、
2017年から2019年までに撮影した映像をまとめたのだ。

ドローンなど最新機材を駆使して、
鯨漁の空撮と水中撮影に成功し、
舟にクジラが体当たりする中、
死と隣合わせ鯨漁の緊迫感一杯の映像は、
すさまじい臨場感だ。

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銛を打ち込まれたクジラは抵抗し、
海が血で染まる。

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まさに人と鯨の闘いの様だ。

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漁だけでなく、
村人の生活も活写する。
特に、ラマファを夢見る少年エーメン親子の姿はうるわしい。
父親はエーメンに教育を受けることを勧める。

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亡くなった霊魂を慰めるために、
小舟に蝋燭をともし、海に流すシーンは、
日本の灯篭流しを想起させる。

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海から鯨を運び、浜に横たわった鯨を
さばいで分配する光景も描かれる。
舟の持ち主やラマファが優先的に良い部位を取り、
未亡人や貧乏な人にも肉が分配される。
この光景を残酷に感ずるとしたら、
それは思い違いだ。
我々はマグロやサバやアジを殺して食べている。
まだ魚の胎内にいる卵までも食している。
魚の体の大小にかかわらず、
生き物が生き物を食べて生きねばならない宿命は同じだ。
だから、村の古老は言う。
「我々は鯨の命を奪う。
だが、鯨には感謝している」

このように、古くから続く鯨漁を描いたこの作品。
日本のような文明社会からは
遠く離れた、何世紀も前から続く文化。
生命力に満ちた村人の生き方は、
観客に何かを与えてくれる。

映像のみが訴えかける、
まさにドキュメンタリーの力があふれた作品だった。

5段階評価の「4.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/soqv01d6OEs

新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。


なお、古式鯨漁を扱った小説に、
伊東潤「巨鯨の海」がある。
その感想ブログは、↓をクリック。

小説「巨鯨の海」

タグ: 映画



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