小説『羆撃ちのサムライ』  書籍関係

[書籍紹介]

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舞台は明治初期。
旧江戸幕府軍と新政府軍による内戦で、
鳥羽伏見の戦いの負け戦に続き、
箱館戦争の五稜郭で敗残兵となり、
深手を負った奥平八郎太は、
兄の喜一郎、重傷の本多佐吉とともに
蝦夷地の深い森へと落ち延びる。
犬死しても意味はないと、八郎太は兄を逃すが、
残された2人を、巨大なヒグマが襲う。
とっさに銃で撃ち倒したが、
ヒグマの手の一撃を頭部に受けて意識を失う。
瀕死の八郎太を猟師の夫婦が命を救う。
その猟師は、元庄内藩の武士で鉄砲方組頭の鏑木十蔵。
歳の離れた妻の喜代は、元女郎で労咳にかかっていた女を
十蔵がタダ当然で身請けしたのだ。
喜代の労咳は完治するが、
十蔵にうつってしまい、
近く死ぬ運命にある十蔵は
八郎太に羆撃ち猟師になることを勧める。
十蔵の中には、
ヒグマに襲われた佐吉を見捨てて逃げたという罪意識があった。

幕府崩壊という時代の中で
生き甲斐の全てを失った男が、
厳しい未開の大地で羆撃ちとして再生していく・・・。

全編を貫くのは、
八郎太のヒグマとの闘い
知能が高く、人間に敵対するヒグマとの頭脳戦がみどころ。

作者の井原忠政氏は、
鎌倉市に住む元サラリーマンで、
猟師の生活とは無縁。
巻末に膨大な参考資料が添付されているが、
ハンティングや、猟師、動物の生態、渓流釣り
等の資料に当たって、
こうしたリアリティのある作品を仕上げるのだから、
作家の魂と技術はすごいものだ。

明治維新という、時代の曲がり角で、
それまでの武士の世界が瓦解する中、
サムライの魂にこだわり、守ろうとする
一人の男の生き様に触れて、
なかなか読みごたえのある小説だった。
270年の徳川体制の中で、
面々と継承されてきた「忠義」という武士の思考方法が
あっけなく崩壊していく様は興味深かった。

投降して明治政府の一員となった兄・喜一郎についての
十蔵と八郎太の会話。

「もすも兄上のこど、『裏切者』だと恨んでおるのなら、
それはちと違うど」
「なにが違う!」
「新政府だば旧幕臣に寛容だ。
人材と見れば、どんどん登用する方針だと聞ぐ。
今はもう明治の二年だ。
今頃、はあ戊辰だ、はあ五稜郭だ、
騒いでおるのはお主だけしゃ」
「幕臣としての意地は?」
「ならば慶喜公がまっ先に投降したのではねが?」
「あれは、水戸の出だから」
「正統な公方様だ。
徳川の頭領とすで、
時代をよぐ読んでおられた名君だァ」
「!」


しかし、八郎太には、兄の生き方が認められない。

戦に負けた武人が、敵に頭を下げ、
簡単に許されて市井の暮らしに戻るのであれば、
戦死者は損籤を引いたことになる。
戦で死をも恐れずに勇戦して倒れた者が損をして、
生温く戦い、生き永らえた者が得をする。
そんな仕組みは絶対におかしい。


蝦夷地(北海道)ユーラップ河畔で展開する
大自然との闘い。
特に、最後の「指欠け」との熾烈な闘争は息を飲む展開。

ヒグマは、雪の上の足跡をたどる猟師の尾行に気付くと、
一旦止まり、数十歩も自分の足跡を踏んで後戻りし、
脇に跳んで笹の中に身を潜めて、
通り過ぎる猟師を背後から襲うという。
ヒグマの知恵、恐るべし。





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