オリンピックと主催国の犠牲  様々な話題

作家の百田尚樹氏が28日、
ツイッターでテレビ朝日「モーニングショー」を痛烈に批判した。

28日の「モーニングショー」で、
米国を破り金メダルを獲得したソフトボール日本代表選手を出演させて
インタビュー。
羽鳥慎一アナは「本当に素晴らしいプレーでした」などとたたえた。

これに噛みついたのが百田氏。
「まず最初に、
『皆さんの活躍の場を奪うために、
五輪開催に反対して、すいませんでした』
と謝ってから、インタビューしろや」

さらに
「『五輪反対と選手応援は別』というのが、
五輪反対を唱えていたメディアやエセコメンテーターの言い分だが、
こんな欺瞞はない!
彼らは選手たちの活躍の場を奪う為に、
なりふり構わず開催に反対してきた。
メダリストを応援するなら、
まず自身の発言を総括してからにせよ!」

と強い口調で批判した。

百田氏のツイートに対し、
ネットでは次のような意見が書き込まれている。

○これはその通り。
モーニングショーとバイキングは
選手に謝罪してからインタビューするべき。
選手から拒否されても良いレベル。

○本当に同じことを思いました。
今朝のモーニングショーは
トップニュースでコロナ感染が増えて危ない危ないと言ってましたが、
いつもならここでオリンピック批判が出るところ出ず、
どうしたと思ったらソフトボール代表が出演。
どのツラ下げて出演依頼したのかあきれ果てました。
人には火のような批判を浴びせ、
自分の筋が通らない時は知らんぷり。
人に厳しく自分に甘いのはマスコミの特徴です。

○これは本当にそう。
開催しなければメダル獲得のチャンスも当然無かったわけで。
どう開催するか知恵を出し合ってたのならまだしも、
中止派はほとんどの人は、やるなの一点張りだった。
その先陣を張っていたモーニングショーは、
ここでこそ報道しない自由を発動して
オリンピックを扱わないでほしい。
あと、TBSのサンデーモーニングも。

○どの放送局にも言えることだが、
選手に「このコロナ禍でオリンピックができることに感謝します。」
と言わせるのは本当に卑怯。
自分たちはオリンピックに入った途端に手のひらを返している一方で、
選手の立場につけ込んで自分達の免罪符代わりに
選手からコロナ禍に絡めたコメントを求めているようで本当に醜い。

○その通り。
寝ても覚めても五輪批判を繰り返して、
五輪アスリートの活躍の場を潰しにかかっていた。
そのくせ自分たちは五輪のオフィシャルパートナーに成ってたり、
五輪の放映権はチャッカリ確保していた。
正確に言えば、マスコミは五輪批判を政権批判に利用していただけ
菅内閣潰しの為に五輪アスリートたちの活躍の場を奪おうとしていた。
その欺瞞は絶対に許してはならない


ところで、
創業以来最大の赤字を出した朝日新聞をはじめ
厳しい経営が続く新聞業界は、
期待したスポンサー企業の広告が入らず困惑しているという。

朝日新聞は「夏の東京五輪 中止の決断を首相に求める」
といった社説を掲載するなど、
その後も反五輪の主張を繰り返してきた。
こうした五輪批判をするメディアへのCMや広告は
国民の共感を得られないという判断が企業側にある。
大手新聞社の幹部がこう嘆く。
「通常ならスポンサー企業が連日
ご祝儀広告をがんがん載せてくれるはずでした。
ところがほとんど入らず新聞業界は大打撃です。
朝日新聞の五輪批判がスポンサー企業に好感されるはずがありません。
企業の朝日新聞への反発が他の新聞社にも直接響いてきているんです。
広告の出稿は電通の仕切りですから、
1社に広告が出せなければ他社も横並びになるんです」


開会前、各種世論調査では、
オリンピック開催反対の声があふれていた。
しかし、今はオリンピック歓迎の雰囲気だ。
                                        
私は、開会式の放送で、
日本人の意識が変わった
のだと思っている。
それまでは、
いろいろ不祥事があって、わずらわしい、
自分には直接関係ないし、
税金も使われるようだし、
いっそのこと、やめちまえばいい、
と軽い気持で捉え、
世論調査で「開催反対」に一票を投じていた人々が、
開会式の各国選手団の入場行進を見て、
改めてオリンピックの意義を認識したのだろう。
入国さえまともに報じられなかった選手団が
一堂に顔を揃え、
大きな国も小さな国も
知っている国も知らない国も
こんなにも沢山の若者たちが集っていることに驚嘆した。
そして、その若者たちが、
オリンピックの日まで精進し、
努力を重ねてきたことに思いをはせた。
世界中の若者たちが技を強さを速さを競う
唯一の世界祭典
その主催国ニッポンとしての責任を感じたに違いない。

その後の日本選手の活躍ぶり。
選手たちがインタビューで異口同音に、
「オリンピックを開いてくれてありがとう」
という言葉を聞いた時、
彼ら若者たちが、
どれほどオリンピックをめざして努力を重ねてきたかを初めて知った。
そして、運営に携わる人々のことも。
各国選手団の受け入れをし、部屋を配分し、
連絡し、運搬し、試合を運営し、記録し、
どれほど大勢の人が
この行事を成功させるために努力してきたか


「中止」を軽々しく言うことは、
そうした人たちの努力を無にすることだったのだ。
一体いつから日本人は、
努力している人たちのことを思いやることが
できなくなってしまったのだろう。

あやうく我々は、
大きな間違いを仕出かすところだった。
コロナ対策で政府の対応にいろいろ不満はあっても、
そうした困難を越えて、開催を決断したことは、
間違っていなかった、
と国民はみんな悟った。
目が覚めたのだ。

だから、今頃になって、
選手を褒めたたえることに参加する
番組に対しては違和感をおぼえている。

今日の産経新聞で、
東京国際大学特命教授の村井友秀という方が、
「犠牲が尊敬を生むオリンピック」
という一文を寄せている。

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抜粋すると、

オリンピックは、個人が世界一を目指して戦う
世界選手権ではない。
貧しい国も金持ちの国も
世界中の国が参加できる世界の祭りである。

各種競技の世界選手権に参加する選手は
勝利すれば個人の名誉であるが、
オリンピックの出場選手は国民の代表であり、
代表選手の勝利は国民の名誉になる。

だから国民は代表選手と一体化し、
選手が勝てば我がことのように喜ぶ。
 
                     
というオリンピックの特色をあげ、
祭りの意義につなげる。

日本に限らず世界中で、
祭りは地域の中から
その年の祭りを担当する家(総代)が選ばれ、
選ばれた家が寺社に多額の寄付をし、
様々な経費を負担することになっている。
祭りを担当する家は寄付をすることによって権威を保ち
地域社会を維持する。
総代は地域のためにやっているのであり、
金儲けではない。
総代は地域のために犠牲を払うから尊敬されるのである。

今回のオリンピックは日本が総代になった。
日本がやるべきことは
「主催国として大会を開き
世界の国々に対する義務を果たす」(菅義偉首相)ことである。
世界中の普通の人は、
金を儲けた人ではなく
他人のために犠牲を払った人を尊敬する。

世界の祭りを守るために、
日本人が払った犠牲が大きければ大きいほど
世界の尊敬も大きくなるだろう。
「大会が可能になるのは、
日本人が粘り強さと逆境に耐え抜く能力を持っているからである。
日本人の美徳に感謝したい」とバッハ会長は述べた。

日本人が犠牲を恐れずに
世界の祭りを守ることができれば、
「困難な状況でもオリンピックを実行できる
日本人の優秀さを世界にアピールする機会になる」(南米サッカー関係者)

納得する一文だ。

オリンピックが終った後、
無観客で入場料収入が得られなかった結果の
負担をどこがするかでまたもめるだろう。
しかし、そもそも、
我々は金儲けのために開催したのではない
IOCの金儲け主義などどうでもいい。
犠牲を払ってでも、
世界の平和の祭典を開催する責任を果たそうとしたのだ。
国民にそのしわ寄せがこようとも、
世界の祭りを守ったという
満足感で、
そのマイナスを乗り越えていこうではないか。




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