『派遣添乗員ヘトヘト日記』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

筆者の梅村達さんは、66歳の現職の添乗員。
添乗員といっても、
旅行会社に所属しているわけではなく、
派遣会社からの派遣添乗員である。

添乗員は、旅行会社から出る場合もあるが、
ほとんどは、添乗員派遣会社から派遣される。
従って、違う旅行会社の旗を持って成田に出没するので、
前のツアーの参加者とたまたま遭遇すると、
「会社を移ったのか」と言われたりもする。

添乗の仕事は、海外旅行と国内旅行に分かれ、
それ以外にイベントの受け付け雑用係の手伝いなんかもする。
添乗前の打ち合わせ、添乗後の報告、精算などがない分、
イベントの仕事は楽でいいという。

体を使う仕事だから、
そう頻繁に添乗するわけにはいかず、
また、添乗の前後に、旅行会社で準備の打ち合わせ、
報告と精算をしなければならない。
そのため添乗できるのは、月に20日くらいが限度となる。
その間に海外(4日から10日間)も
国内(日帰り又は1、2泊)も混在する。
今は大体が時給で、時給自体は高くないが、
長時間拘束されるので、
一日にならすとおよそ1万円くらい。
月20日こなして20万円
厳しい暮らしだが、
20日分は家賃以外自分の生活費がかからない、
という考え方も成り立つ。
著者の平均月収は10万円で、年金が月15万、
奥さんのパートが6万円で、合計月収31万円。
家賃は4万円だから、
夫婦二人の生活は十分のはずだが、
質素さを強調する。

(昔旅行会社の社員だった友人宅に行くと、
立派なオーディオ装置があり、
どうしてかと問うと、
添乗すると余祿があるのだという。
つまり、当時はおみやげ屋のキックバックが
直接添乗員に入ったのだ。
だから、添乗すると、周囲の社員からは羨ましがられ、妬まれた。
その後、キックバックは会社に入るシステムに変更されたので、
添乗のメリットはなくなったようだ)

著者は映画現場、学習塾、
フリーライターを経て、
50歳で添乗員になった。
その16年間の豊富な経験から、
添乗の現実と裏話を日記形式でつづるが、
特に驚くような新しい情報はなかった。
ふんふん、そうだろうな、という話ばかり。
というのも、読者の私が沢山のツアーに参加して、
添乗員から様々な情報を得ていたからで、
そうでない人には興味津々の内容だと思われる。

添乗員は、旅行の間は旅行会社の代表なので、
クレームは添乗員に向かう。
「添乗員の仕事はクレーム処理」だと言われる。
中には理不尽なものをあるだろうが、
ひたすら耐えるのが添乗員の仕事だ。

旅行会社の担当者がいやな奴だったり、
運転手とウマが合わなかったり、
ガイドとの連携がうまくいかなかったり、
旅行の最後に回収する「アンケート」の結果に落ち込んだり、
帰国後のクレームで人間不信に陥ったりする。
40人の参加者が乗っていたら、
1人や2人は尋常でない人がいるのが普通なのだ。
ある旅行会社のクレームに対応する部署の人がこんな話をした。

「われわれは、添乗員に対する苦情が寄せられると、
話を鵜呑みにはせず、必ず内部調査を行います。
そうすると、クレーム10件に対して、
本当に添乗員に責任があるケースは2〜3件です。
ですから、いろいろなことを言ってくるお客様がいるでしょうが、
自信を持って仕事をしてください」
こうしたことをきちんと伝えられる会社は、
必然的に添乗員との信頼関係も築かれていくものである。


こういう会社ばかりならいいが、
添乗員を下に見て、居丈高に対応する会社もあるようだ。

おおむねアジアの旅行は
現地ガイドが最初から最後まで世話する場合が多く、
ガイド任せにすればいいので、楽だが、
ヨーロッパは、訪問都市ごとにガイドが乗り込んで来て、
終ればサヨナラだから、添乗員の仕事はそれだけ重くなる。

16年間の体験談を日記風にしたもので、
いろいろな出版社に持ち込んで断られ、
この本の発行元の「三五館シンシャ」で
「交通誘導員ヨレヨレ日記」が売れていたため、
仕事日記シリーズとして、書籍化された。

クリックすると元のサイズで表示します

引き続き、「メーター検針員テゲテゲ日記」
「マンション管理員オロオロ日記」
と続いている。

クリックすると元のサイズで表示します

他人の仕事の内容を知りたい、という読者の願望に対応し、
題名の付け方もユーモラスでいい。

仕事はゴールデンウイークやお盆休みが書き入れ時となる。
春のお花見、秋の紅葉シーズンも非常に忙しい。
逆に冬場は仕事量が急激に減る。
月に1〜2回しか仕事が回ってこない、というようなこともざらだ。
いくら働きたいと思っても、仕事がないのが実情で、
旅行シーズンのオフはほとんど収入ゼロに近い状態となる。
コロナの今はもっと厳しく、
添乗員さんたちはどうしているのだろうか。

桜を見に行くツアーなのに、
天候不順で桜が咲いていなかったとか、
浜焼き食べ放題が売りのツアーなのに、
お客さんが多すぎて作るほうが追い付かず、
ほとんど食べられなかった人が大勢いたりとか、
交通渋滞に巻き込まれて目的地に着いたときには暗くなり、
何も見えなかった、
などということが頻繁に起こる。

前に添乗員から聞いた話では、
添乗員養成コースに20人集まったら、
半年で10人がやめて半分になる。
1年たつと、残るのは1〜2名だという。
「予想していたのと違う」ということなのだろう。
旅好きなだけでは務まらないし、
待遇も良いとは言えない。
人間好きだったのが、
ナマの人間の姿を見せられて、人間嫌いになることもある。
残っている人は肉体的、精神的にタフな人だという。

社員旅行に宴会は付き物だが、
宴会が荒れるため、
旅館の宴会係が忌み嫌う3つの職業があるという。
そのワーストスリーは、
1つ目は警察、2つ目は教師、3つ目が銀行員だという。
いずれも仮面をつけなければできない仕事だ。

添乗員が同じホテルに泊まるとは限らない。
会社は経費を減らしたいからだ。
それで、移動して、他のもっと安いホテルに泊まることもある。
その方が、ホテルに責任を任せられるので、いいとも言える。
一度、民宿の別棟として、物置に泊まらされたことがあるという。

このブログをずっと読んで下さっている人は、
私が旅行好きだということはご存じだと思うが、
そのほとんどがツアーである。
なにしろ、ホテルの手配も食事の世話もしてくれて、
観光名所を順に回ってくれるのだから、
こんな効率のよいものはない。
もし興味がある都市に出会ったら、
後で個人旅行で出かければいい。
ロンドンやパリ、ローマ、ニューヨーク、ハワイ、ラスベガスなどは、
そういう形で、あとで頻繁に訪れた町だ。

添乗員さんの苦労は知っているので、
時間は守る、勝手な行動はしない、
ガイトの話はよく聴く、
旅程に文句をつけない、
と、理想的な参加者だと思っている。

集合時間に遅れたのは、2度だけ。
コペンハーゲンで集合場所を勘違いして迷ってしまったことが一つ。
もう一つは、ペトラ遺跡で、ちょっと横道に逸れてしまい、
バスに戻るのが遅れてしまった。
よく謝ったことは当然。

添乗員とガイドは選べない
(添乗員を選べるツアーはある)
ので、それは運に任せる。

添乗員で感心したのは、2度。
一度は、ヨルダン旅行で、
細かいところまで配慮の行き届いた最高の添乗員だった。
この人は男性だが、
もう一人は女性で、北欧4カ国を回った旅の添乗員。
なにしろ、この人、帰りの飛行機で、
私が銀座のチーママと隣席になったことを知ると、
「あの人の隣、いやじゃないですか?」
と、こちらがひと言も言わないのに悟ってくれた。
そして、カウンターに行って、
席の交換までしてくれたのだ。

高齢の添乗員に当たったのは2回。
ねぶたや竿燈まつりを巡る東北の旅で、
この方は、ツァーの添乗員募集に応じた人。
もう一人はエシプト旅行の高齢添乗員で、
きつい仕事とは分かっているので、気の毒になってしまった。
ただ、年齢的に気力に問題があって、
参加者の要望はするりとかわすようなところがあった。

ガイドにも当たり外れがある。
通り一遍のことしか説明しない人には、がっかり。
こちらはしっかりと予習していくタイプなので、
その学習以上のことを説明してくれないとつまらない。
逆に「どうして、あのことに触れないのだ」
などと不満はつのる。
だが、ガイドの面子をつぶすようなことは、
こちらもしないので、口出しはしない。
ああ、外れに当たって残念、
と思うしかない。
良いガイドに当たると、
別れ際、たっぷりとチップをはずむ。

私が出会った最高のガイドはトルコのケナンさん
国連にも勤めたことがあるという、ハイレベルな人で、
この人の説明は、私の予習を上回るものだった。
身長190センチほどある偉丈夫で、
最後のクルーズでは、奥さんを連れて来た。
美人の奥さんを自慢したいらしく、
この奥さんがまた大きくグラマーだった。
日本に来た時、
日本の食べ物のうまさに、食べ尽くし、
体重が増えてしまった、という話を聞いて、
ああ、日本は食べ物のおいしい国なんだ、
と改めて認識した次第。

もう一人、美術館のガイドで忘れられない人が。
失礼な言い方で申し訳ないが、
風貌の良くない女性で、
美術の勉強にイタリアに来ているという。
どうせ、才能のない画学生が、
日本人相手のガイドで小遣い稼ぎをしているのだろう、
と思っていたところ、
彼女の説明を聞いて、驚愕。
ウフィツィ美術館の絵画について、
すさまじい造詣を披露してくれた。
後にも先にも、美術館の解説で、
あんな素晴らしいものはなかった。
別れる前に、
「あなたの説明は素晴らしかった」と感謝の念を表明。
人は見かけと先入観で判断してはならない、
と肝に命じた。

なお、私は、一時期、仕事の選択を間違えたかな、
と思ったことがあり、
もし添乗員になったら、
世界一親切な添乗員になったろうと思った。
その願望は、前の職場の役員旅行で発揮され、
旅程の作り方から、けがした人への保険会社への対応など、
現地のガイドから感心された。

話はそれたが、
この本、
旅に必要な添乗員の苦労をしのばせるもので、
大変面白かった。





コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ