映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』  映画関係

[映画紹介]

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日本では、副題に「太陽のテノール」と付けたが、
言い得て妙で、
パヴァロッティの声質は、明るく、透き通って、
太陽のように輝いており、
まさに「神が与えた」という言葉がふさわしい。

そのルチアーノ・パヴァロッティの生涯を辿るのが、
このドキュメンタリー。
監督は、アカデミー賞監督のロン・ハワード
特に、奇をてらった構成ではなく、
パヴァロッティの生まれてから亡くなるまでを
沢山の関係者のインタビューで綴り、
その合間にパヴァロッティの歌唱がはさまる。
もう少し歌を聞かせてくれよ、
という不満もあるが、後半、それが解消される。

実は、パヴァロッティの生涯については、
全く知識がなかった。
というか、歌手は歌が、
俳優は演技が、監督は作品が全てなので、
私生活はとんど関心がない。

従って、パウァロッティの父親が
パン職人のアマチュアテノール歌手だったこと、
声楽コンクール優勝のご褒美として、
オペラの舞台に立たせてもらい、
その時、パヴァロッティは小学校の教諭だった、
など新鮮に驚かされた。

二度の結婚をし、
68歳で35歳も年下の女性と再婚し、
当時、スキャンダルになったことも知らなかった。

野外コンサートが好きで、
映画にも出てきたロンドンのハイドパークの
暴風被害支援のコンサートをはじめ、
ニューヨークのセントラルパークのコンサート、
パリでのエッフェル塔下でのコンサートなどがある。
日本での三大テノールコンサート
(1996年、国立霞ケ丘競技場)も行ったが、
まあ、あれはイベントで、音楽を聴くためのものではないが、
それはそれで楽しかった。

インタビューに応じたのは、錚々たるメンバーで、
この記録映画に対する関係者の好意が表われている。
たとえば、
三大テノールの
プラシド・ドミンゴホセ・カレーラス

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指揮者のズービン・メータ
オペラ歌手のアンジェラ・ゲオルギュー
U2のボノやプロモーター。
それに加えて、
前妻と二度目の妻、
3人の娘たち。

中でも、余命いくばくもない段階で、
昔の歌声を聞かされたパヴァロッティが
「俺はうまいなあ」と言ったというエピソード、
2度目の妻が、
死を前にしたパヴァロッティに、
娘に何か言葉を書いてくれと請うと、
「それをすると、娘を縛ることになる」
と断った話など、胸を打つ。

元夫や父親について語ることが出来るまでには、
12年の歳月が必要だったのだろう。

また、後輩テノールが、
男声の自然な声はバリトン。
テノールは「作られた声」で、
だからこそ、たゆまぬ訓練と練習が必要だ、
と話すのに、納得させられた。
パヴァロッティは、あの体躯でテノール。
まさに奇跡の声帯といえよう。

総じて、パヴァロッティの前向きな人生、
周囲の人を明るくさせる人間性などが
よく表われたドキュメンタリーだった。
アカデミー賞受賞経験のある録音技師によって、
最新音響技術で古い歌声を甦らせた点もいい。

歌声では、
ドニゼッティ「愛の妙薬」の「人知れぬ涙」
プッチーニ「トスカ」の「星は光りぬ」など、
誰も他に到達できないだろう絶唱を聞かせる。
プッチーニ「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」は、
途中、三大オペラの合唱が紹介され、
おやおや、あれはスキップかと思っていたら、
エンドクレジットの中で、
その歌唱が出てきた。
それは、三大テノールの最初のコンサートで、
1990年、ローマのカラカラ浴場遺跡での「誰も寝てはならぬ」
前にも観たことがあるが、
これはものすごく、魂が震えた。
こんな歌唱が出来る人は、二度と出て来ないだろう。

パヴァロッティは2007年、膵臓癌(最終的には腎不全)で死去。
71歳。
その記憶は、音楽史の中に燦然と輝いている。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/crDFfwC_VpA

TOHOシネマズシャンテ他で上映中。

三大テノールの記録映画には、↓がある。

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タグ: 映画



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