小説『茶聖』  書籍関係

[書籍紹介]

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「茶聖」とは、千利休のこと。

千利休と豊臣秀吉との確執は、
文学者の想像力を刺激するらしく、
沢山の人が題材に選んでいる。
伊東潤にしても、
既に「天下人の茶」で、挑戦している。
ただ、「天下人の茶」では、
周囲の人物の目から利休を描いていたが、
本作では正面から利休を描いている。

利休は、織田信長に仕えた後、
本能寺の変の後、
豊臣秀吉に仕える。
秀吉の信頼が厚く、
豊臣秀長をして、
「公儀のことは私に、内々のことは宗易(利休)に」
と言わしめている。
また、本作では、その秀吉に

「そなたはわしと手を組んだ。
現世の支配者はわしで、
心の中の支配者はそなただ。
そして、わしは現世で天下人となった。
一方、そなたは茶の湯を天下に比類なき道楽(趣味)として、
上は朝廷から下は民にまで浸透させた」


と言わせている。

利休の意図は、
茶の湯によって、
武士の荒ぶる心を鎮め、
静謐な世の中を治めることで、
そのために、戦に走る武士の在り方を牽制する。

利休には「異常なまでの美意識」という聖の部分と、
「世の静謐を実現するためには
権力者の懐にも飛び込む」という俗の部分があった。
この水と油のような二種類の茶が混淆され、
利休という人間が形成されていた。


一方、成り上がり者の秀吉は、
自分の功名心のために
戦を繰り返し、
最後は明にまで攻め入ろうとするが、
利休はその停止を画策する。

その過程を、よく知られている
禁中(宮廷)での茶会や
黄金の茶室、
北野の大茶会や
小田原攻め、
中国本土攻めの準備などを背景に語られる。

夕刊フジや神奈川新聞など16地方紙に連載したものなので、
文章は平易で、会話も多く、読みやすい。
ただ、描く世界は深遠で奥深い。
                                        
信長の名物指向を次のように描く。

茶の湯は茶室という別世界で、
身分などの世俗的なものを忘れて一時的な遁世を行い、
一視同仁(平等)、一味同心(心を一つにする)、
一期一会(一度限り)、一座建立(最高のもてなし)
といった概念を実現するものだ。
しかしそうした概念には形がなく、
武士たちには分かりにくい。
そこで名物茶道具によって
茶の湯の精神性を代弁させようというのが、
信長の狙いだった。


その名物の下賜も、
功名をあげた家臣にあげる土地が不足したことからだという。

信長は利休に言う。

「そなたは影となれ。
わしが光でそなたが影だ。
つまり二人で天下を分け合うことになる」


秀吉も同じことを言う。

(大坂城に招待した武士を)
城の搦手(からめて)に造られた茶室で客人を接待する。
つまりわが権勢の大きさを見せつけると同時に、
茶事によって心を支配するのだ」


本当か、という気もする。
各武将が茶の湯に走ったのは、
信長や秀吉が好んだために追従したに過ぎないように思えるのだが。
それは、江戸時代、
各大名が競って能舞台を城内に造ったのと似ている。
中には茶の湯を
「ばからしい」「全然理解できない」「肌に合わない」
「あんな狭い所に押し込められて、
うまくもない茶を飲まされ、何のことか分からない」と
思った武将もいただろうに、口には出さなかったのだ。

天下統一をなし遂げた後の秀吉の振舞いも描かれる。

本能寺で信長が横死した後、
利休は宗久や宗及と共に
秀吉を天下人に押し上げるべく、
財政的支援を行った。
だが秀吉は次第に増長し、
戦がなければないで、
自分の威光を示す巨大な建造物を造りたがった。
そのために駆り出された民は呻吟し、
商人も天下普請の名目で多額の献金をさせられた。
もはや秀吉は、秀吉以外の者にとって
害毒でしかない存在となりつつあった。


秀吉の弟、秀長の見立て。

「欲と言っても、
それを手にしてどうしたいというわけではない。
ただ兄上は『どうだ。見たか。わしはすごいだろう』
と周囲に示し、賞賛を得たいだけなのだ」


その行き付く果てが大陸への野心であり、
それに伴い疲弊する武将と民だったのだ。

どうもこの時代の武将には、
為政者としての自覚がなく、
民の繁栄など考えていないような印象だ。
戦国時代が、早い話が内戦で、
国土を疲弊させただけと断ずる所以である。

秀吉は当時の独裁者で、
生殺与奪の権利を握っている。
それはとても恐ろしいことだ。

白眉は秀吉の関東侵攻で、
関東が焼け野原になることを防ぐために、
利休らは、小河原城の兵糧攻めを進言する。
そして、民や兵を殺さずに小田原城を
どうやって開城させるかに腐心する。
このあたりが一番面白い。
これにからんで、遅参した伊達政宗の
死に装束での出頭に、利休がからんでいたとも描かれる。
また、利休の弟子宗二のあからさまな秀吉批判も描かれる。

「天下の静謐こそ天下人の目指すべきもの。
それをないがしろにして、
明国にまで攻め入るなどとは、
老人の迷妄でしかありません!」


ここまで言えば、宗二をもはや助けることは出来ない。

それでも小田原城の救済を求め、
秀吉によって拒否されると、
宗二は最後にこう言う。

「もはや申し上げることはあません。
今はただ豊家の滅亡を念じるだけ」
「殿下が死した後、業火の中で悶え苦しむのは
殿下の係累でございましょう」
秀吉「宗二、よくも言うたな。
大坂城が焼け落ち、
その中で鶴松(秀吉の一子)が果てると申すか」
「はい。そのお姿が瞼に浮かびます」

事実は、そのとおりになった。

宗二は耳と鼻をそがれ、磔刑にされる。

宗二は利休にこう言う。

「尊師、私は、こういう死に方ができて本望です」
「天下の武将や公家たちが藤吉ごときにひれ伏す中、
私だけが意地を貫きました」


そして、秀吉に言う。

「そなたの渇きや飢えは死ぬまで続く。
この世のあらゆるものを手に入れても、
そなたの欲は収まらん。
苦しんでいるのは、わしではなく、そなたなのだ」

まことに宗二、あっぱれである。

最後に利休は秀吉の勘気に触れて死罪を告げられる。

秀吉を殺す、という選択肢もあったが、利休はこう言う。

「誰かが殿下を殺せば、それで話は済みます。
しかしそんなことをすれば、
再び天下は乱れ、
群雄割拠の世に逆戻りするだけです。
天下は、まだ殿下を必要としているのです」


そして、利休は逝った。
最後に筆者は、こう結ぶ。

かくして絢爛豪華な美を競い合った
安土桃山時代は終わりを告げた。
利休が追い求めた静謐は、
豊臣家を滅ぼした徳川家康によって実現し、
人々は戦乱のない世を謳歌することになる。





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