映画『ハムレット』3本立て  映画関係

ハムレット

5/18のブログで、
「オフィーリア 奪われた王国」を紹介したので、
家にあったDVDで「ハムレット」を観た。
(リバイバル上映の際、映画館で観ている。)

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1948年、ローレッス・オリヴィエの監督・脚色・主演で撮られた作品。
この時期、ローレンス・オリヴィエは、
「ヘンリィ五世」(1945)、「リチャード三世」(1955)と、
「シェイスクピア3部作」を監督・主演で撮っている。

「ハムレット」の映画化作品は
1911年のアウグスト・プロム版、
1964年のグリゴーリ・コージンツェフのソ連版、
1990年のフランコ・ゼフィレッリ版、
1996年のケネス・ブラナー版、
変わったところでは、
セリフはそのままに
舞台をニューヨークの企業に移した
200年のマイケル・アルメイダ版などがあるが、
1948年版は、
正真正銘のシェイクスピア役者による正統的な映画化
この時、ローレンス・オリヴィエは41歳

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体力・気力・演技力共に脂の乗りきった時の作品だ。
その結果、その年のアカデミー賞の作品賞、主演男優賞、
美術監督賞、装置賞、衣裳デザイン
賞の5部門を受賞している。
オリヴィエは監督賞にノミネートされたが、
「黄金」のジョン・ヒューストンにさらわれた。

シェイクスピア原作の映画で作品賞を取ったのは、この一作のみ
(「恋に落ちたシェイクスピア」(1998)は、原作とはいえない。)
他に作品賞ノミネートは「ジュリアス・シーザー」(1953)と
前述の「ヘンリィ五世」と数えるほどしかない。

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装置賞を取ったように、
城の外観、内部が素晴らしい出来で、
その中をカメラが自由自在に動き回る。
一体どうやって撮ったのか、といぶかる場面も多く、
水平の動きだけでなく、前後方向、垂直方向への動きも加わる。
よほど設計時に綿密なプランで作ったに違いない。
撮影も奥行き方向までピントの合ったパン・フォーカスを多用して、
「市民ケーン」(1941)を彷彿させる。

オフィーリアはジーン・シモンズで、

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この時19歳の美しさ。
アカデミー賞では助演女優賞にノミネートされた。

上映時間は2時間33分だから、
原作戯曲を上手に刈り込んで、
緊張感たっぷり。
(シェイクスピアの4大悲劇では「ハムレット」が一番長い。)
名作の誉れ高い作品である。

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家にいるので、
ついでに、他の「ハムレット」を
prime videoで観てみた。


「ハムレット」(1990年版)

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わが愛するフランコ・ゼフィレッリの監督、
メル・ギブソンがハムレットを演じている。

ガートルードをグレン・クローズ
クローディアスをアラン・ベイツ
オフィーリアをヘレナ・ボナム=カーター
父王をポール・スコフィールド

公開時、ヘレナ・ボナム=カーターは24歳。
こんなカワイイ時期もあった。

ゼフィレッリの監督ということで期待したが、
なんというか、普通の出来。
その原因は、
やはり、メル・ギブソンの演技にあると思われる。
なにしろ「to be,or not to be」など、
あっという間のあっけなさで通過する。

残念。

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「ハムレット」(1996年版)


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ケネス・ブラナーの監督、脚色、主演。
かなり、ローレンス・オリヴィエを意識したと思われる。
このとき、ブラナーは36歳
オリヴィエの時より若い。

特色は、時代を19世紀に変えていることと、
台詞を一つもカットせずに、
シェイクスピアの戯曲に忠実に演じたこと。
通例カットされる台詞も残したので、
4時間2分かかり、途中に休憩が入る。

ガートルードにジュリー・クリスティ
クローディアスにデレク・ジャコビ
オフィーリアにケイト・ウィンスレット
ケイト・ウィンスレットは、
「タイタニック」(1997)でブレイクする前年。
クローディアス役がもう少し存在感があると、よかったのだが。

比較的小さな役で
ジョン・ミルズ、ジェラール・ドパルデュー
リチャード・アッテンボロー、ロビン・ウィリアムズ
チャールトン・ヘストン、ジャック・レモン
などが顔を出す。

エルシノア城の外側として、
チャーチルゆかりのブレナム宮殿が使われた。
撮影フィルムに65ミリフィルムを使い、
豪華で鮮明な宮殿内を映し出す。

ケネス・ブラナーは演技、演出共に見事で、
やはり「ハムレット」は主役の力量がものを言う。

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「怒りのハムレット」という感じで、
情念がほとばしる。
演出的には、長回しとカットバックのバランスが大変良く、
飽きさせない。

公開時、劇場で観ているのだが、
今回家で観た方が感激が深かった。
なぜだろう。

前2作では、ラストでノルウェー軍は到来しないが、
戯曲通りの本作では、
ちゃんとノルウェー軍は到着する。
その結果、ノルウェー王子フォーティンブラスの締めのセリフが
しっかり語られる。

「時を得れば、名君と謳われたはずの方だ。
弔うにあたっては、
軍楽を奏し、礼砲を撃て。
遺体を運べ。
この光景は戦場さながら、あまりに痛ましい。
行け。礼砲を撃つのだ」

やはり、「ハムレット」は、この台詞で締めたい。

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おまけとして、
トマのオペラ「ハムレット」を観た時のブログを再録。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

原作を相当改変してあり、
音楽的にも低調、
というのがトマの「ハムレット」に対する一般的な評価で、
シェイクスピア作品中では、
「リア王」の次に「ハムレット」が好きな私としては、
(蜷川幸雄演出・平幹二郎主演の帝劇版「ハムレット」は、
長い間、事務局長の演劇体験のベスト3に入っていた)
少々心配しつつ観たわけだが、
とんでもない。
実に面白かった
原作の改変もオペラ的にうまく行われている。

改変というのは、
たとえば、
ローゼンクランツとギルデンスターンも
ノルウェー王国の王子フォーティンブラスも出て来ない。
オフィーリアの父・ボローニアスは殺されないし、
最後の剣術試合もない。
毒入り酒もない。
だからガートルードも死なない。
従って、最後は死体累々というわけではない。
どころか、ハムレットは死なず、王になる。
というのは、トマの初演版で、
今日のは、ハムレットが自害する版。

幕間インタビューで、指揮のルイ・ラングレ
「トマは最初、ハムレットが死なないラストで書いたが、
英国で上演する際、
自害するのに変えた。
ハムレットが死なないと、英国では侮辱されたと思うから」
などという話をしていたのが興味深い。

後半、オフィーリアの狂乱の場から
墓堀りの場になり、
そのまま葬儀でクローディアスの殺害という展開になったのは、
「ほう」と思った。
確かにこの方が話が早い。
その上先王の亡霊まで再度出て来たのには驚いた。

前半最後の、役者を使って王の犯罪を暴き、
ハムレットが気のふれたふりをしてワインを浴びるあたり、
実にドラマチック。

合唱とのかけあいもいい。
要するにセリフで言うのを音楽に乗せて
感情吐露するわけだから、盛り上がる。

(前半が終わった後、
ワインまみれになったキーンリーサイドをカメラが追うのは
おいしい映像。)

なによりハムレット役のサイモン・キーンリーサイドがはまり役で、
しかも演技力抜群。
抜群などという表現が足りないくらい、すごい。
本当はシェイクスピア役者が歌も歌っているのではないかと思えるくらい。

オフィーリアのマルリース・ペテルセンもいい。
特に狂乱の場は、「ルチア」より切ない。
こういう人がサブの配役だとは、METの層の厚さが分かる。

演出は不要な装置を排し、
壁だけの表現。
それで役者(歌手)への集中度が高まった。
この演出はいい。

音楽はところどころ安っぽくなったが
でも、高揚感はあった。
シェイスクピアとオペラと二つ同時に楽しんで、
得した気分で家路に着いた。


「ハムレット」の舞台となったと言われる
デンマークのクロンボー城を訪れた時のブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20070820/archive

シェクスピアの故郷、ストラトフォード・アポン・エイヴォンを
訪れた時のブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140610/archive


日本での上演史を紐解くと、
本邦初の全幕上演は、
1911年、帝国劇場での文芸協会第1回公演。
坪内逍遥演出。
ハムレット役を土肥春曙、
オフィーリア役を松井須磨子がつとめた。

戦後の1949年、
宝塚歌劇団で上演したことがある。
堀正旗の作・演出で、雪組と花組で上演。
(作、演出とあるところを見ると、かなり作り替えられた可能性がある。)
花組では、ハムレット役を越路吹雪、オフィーリア役を新珠三千代がつとめた。

英文学者の福田恆存による翻訳兼演出演出のものは、
1955年の文学座と
1984年の昴によるものがある。
文学座の主な主演者は芥川比呂志、三津田健、杉村春子、中村伸郎など。

1964年、劇団俳優座20周年記念公演「ハムレット」は、
ハムレットを仲代達矢、オフィーリアを市原悦子がつとめた。
うっすらと観たような気がするが、
多分記憶違いだろう。

劇団四季公演「ハムレット」(1968年初演)、
福田恆存訳、浅利慶太演出は、観た記憶がある。

蜷川幸雄演出「ハムレット」は、
1978年の初演(平幹二朗主演)と、
1998年の再演(真田広之、松たか子主演)を観た。
もう一度別な場所で観ている気がするが、記憶がさだかではない。

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1978年版では、舞台一杯に作られた階段が印象的だった。
装置は朝倉摂

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ハムレット登場シーンでのバッハ「ロ短調ミサ曲」の衝撃と共に、
長い間、私の演劇経験第3位の、
記憶に残る舞台だった。



タグ: 映画



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