『死ぬときに人はどうなる 10の質問』  

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

10の質問とは、次のようなもの。

1 死を語るあなたは何者ですか?
2 死ぬときに人はどうなりますか?
3 人はどんな風に思って死んでいくのでしょうか?
4 人は死期を悟るのでしょうか?
5 健康に気をつかっていれば死ににくいですか?
6 なぜ死を見つめることが必要なのですか?
7 死後の世界について言い切らないのはなぜですか?
8 孤独死は不幸でしょうか?
9 死とは不幸ですか?
10 死をも左右する力を手に入れた人間は、本当に偉いのでしょうか?

著者の大津秀一氏は、
ホスピスで主に高度進行期・終末期がん患者の心身の苦痛を和らげる
「緩和医療」を行っている現役医師。
これまで2千人以上の患者を看取ってきた経験から
書いたのがこの本。
「死ぬときに後悔すること25」の続編に当たる。

人は誰もが死ぬ。
どんな業績のある方も、
素晴らしい会社を経営し、
大きな社会的影響を果たした人も、
最後は衰え、死を迎える。
死を免れた人は、歴史上、誰もいない。

事故死など不慮の死に方をした以外は、
病気で、医者の手にかかる。
その死に方を大別して3種に分類する。

1つ目は、最後の2か月くらいで急速に機能が低下するタイプ。
代表例はがん。
2つ目は、悪くなったり、戻ったりをくり返しながら
徐々に機能が低下し、
最後は比較的急な経過をたどるタイプ。
代表例は心疾患や肺疾患の末期。
3つ目は、機能が低下した状態が長く続き、
ゆっくりと衰えていくタイプ。
代表例は認知症や老衰。

特に、がんで死ぬ場合は、
急激に悪くなるので、
その衝撃は大きい。

残りの余命が数週間になった時、
人はどうなるか。
全身倦怠感。つまりだるさ。
やがて歩けなくなる。
これが患者にとっては一番辛い。

だからこそ、人は動けるうちに、
いろいろなことをしておかなければいけないと思う。
                                                     
と筆者は書く。

その段階でも、

頑張れ、歩けるようにならなくちゃと叱咤激励する
家族・医療者も少なくなく、
「希望」ということについて考えさせられる。
実現不可能なことを可能だと表現し、
あるいはそれに向かうように励ますより、
上手に現状を受け止められるように動くのも
大切なしごとなのだと思えてならない。
本当に難しいことである。


やがて、余命が週から日の単位に進むと、
寝ている時間が増えて来る。
体力が低下するので、そうなる。

むしろはっきり起きていると、
身の置きどころのなさを感じる場合もあるので、
眠っているのは
患者さんにとってそれほど苦痛ではないようだ。


余命が数日になると、
会話や応答の障害があらわれてくる。
寝たきりとなり、
ほとんど排尿、排便も困難となり、
おむつ等のお世話にならなければならなくなる。
見舞いに来た家族も、患者が寝っぱなしなので、
張り合いがなくなるが、
それでも家族はいた方がいいのだという。

たとえ患者の反応が一見なくとも、
家族が傍らにいることはとても大切だ。
反応がなくても、
患者は家族の存在を感じ取っているのではないか、
そう思える事例はたくさんある。
辛くても、なるべく患者のそばに足を運び、
そっと語りかけ、あるいは触れてあげてほしいのだ。


死の直前は、意外や苦痛は少ないという。

死の直前は、一般的に苦しくないと言っていいようだ。
自然に苦痛を自覚する感覚は失われ、
眠っているような状態となることで、
苦痛を回避しているものと思われる。
永久に眠る「永眠」の前段階の眠り、というところだろう。


死ぬ時は、苦しくない
というのは、大変救われた思いがする。
私見だが、私は死ぬ時は、
苦痛を和らげるような物質が脳から出て、
夢を見るような状態になるのだろうと思っている。
何億年もかけて進化した生物だ、
それくらいの装置は作り上げているだろう。

医者が死を宣告するタイミングが難しい、
と筆者は書かれている。

ご家族が患者の死をまだ受け入れられない間は、
「頑張れ」「死ぬな」「行かないで」「しっかり息をしろ」
などと呼びかける。
しかし、部屋の空気が変わる瞬間がある。
「よく頑張った」「もう頑張らなくていいよ」
「今までありがとう」「あとは僕たちがしっかりやるから大丈夫」
と声かけの内容が変化するのだという。

こどもたちを残してしななければならない時、
「私が病気になって死ぬのは、
決してあなたたちのせいじゃないのよ」
と告げることが必要だという。
残された者は、
たとえば母親の死に、
「自分のせいで死んだ」と思いがちだからという。

死がタブー視されるようになったのは、
まだ日が浅く、
昔は死は身近なものとして容認されていた、
という説には目を見張らされた。
西洋の医者は、次のように書く。

「死をなじみ深く、身近で、和やかで、
大して重要でないものとする昔の態度は、
死がひどく恐ろしいもので、
その名をあえて口にすることもさしひかえるよになっている
われわれの態度とは、
あまりに反対です」
「親戚、友人、隣人たちが立ち会うことが必要とされていました。
子供たちが連れてこられました。
死に関する物事から子供たちを遠ざけようとする
今日みられる配慮とは何と異なることでしょうか!」


死がタブー視されるようになったのは、
20世紀初頭からだという。

山岡鉄舟の話が興味深い。
昔から胃痛が持病であった山岡は、
一時危篤になった。
その2年後の1988年(鉄舟53歳)の時、
病状が悪化し、胃癌、肝硬変と診断され、死期を感じ取った。
それに際し、鉄舟は死装束に着替え、見舞い客と応対した。
その一人、勝海舟との会話。

「いよいよご臨終と聞き及んだが、ご感懐はいかがかな」
「現世での用事が済んだので、
お先に参ることにいたす」
「さようか、ならば心静かに参られよ」


次のような記述も含蓄深い。

長く生きることは貴重であるが、
私はどのように生きるのか、
そのことのほうがずっと重要だと思えてならない。
いつの間にか、
生の目的が「ただ生きること」になっていないだろうか。
私は生とは目的ではなく、手段だと思えてならない。
我々は生があるからこそ、
経験することが出来る。
そして夢や希望や、生涯を通じて
追求するものに辿り着けることが出来る。


「夜と霧」を書いたフランクルは語っている。

「どれだけ長生きするかということは、
本質的にはまったくどうでもいいことだということが
はっきりするでしょう。
長生きしたからといって、
人生はそれだけでは
かならずしも意味のあるものにはならないのです。
また、短い生涯に終っても、
ずっと意味のある人生だったかもしれません」


このことについて、著者は次のように例える。

例えば東京から博多まで新幹線に乗っていっても、
ずっと眠っていれば
何も感動がない旅かもしれない。
けれど、名古屋まで乗ったとして、
途中右手に美しい富士山の姿を見たとする。
それはとても美しい経験と言えるのではないだろうか。


来世の存在について触れたところで、
世界で最も早く「あの世」を発明したのがエジプト人だった
というのには瞠目した。
なるほど、言われてみれば、そのとおり。
実は、イエス・キリストも仏陀も
来世については語っていなのだ。

それでも、世界の宗教は来世を強調する。
生前、良い行いをすれば極楽に行け、
悪行をすれば地獄に行く、
という話が、
どれほど人を善に導いたか。
十字架に磔になったキリシタンたちは、
来世のパライソ(天国)を思って極刑に耐えたのである。
私は殉教者が苦しみに耐えたのは、
あの時、快楽物質が脳から排出されたのだと思っている。
人間の脳は、そういう風に作られているのだ。

最後に前出のフランクルの次の言葉でしめくくろう。

「結局のところ、人生の意味など問うべきではなく、
自分自身がそれを問われているのだということに
気づくべきだ。
つまり一人ひとりが、
人生からその意味を問われているのであり、
自分自身の人生のすべてを引き受ける、
つまり責任ある生き方をすることによってのみ、
それに答えることができるのだ」


それもおおげさなものではない。
何も大きな業績を上げる必要はない。
ほとんどの人は無名のままで結構だ。
普通に育ち、青春を謳歌し、
結婚し、家庭を持ち、
社会で仕事をし、家族を養い、
次の世代に引き渡していく。
それで十分だ。
これほど人生をまっとうするものはない。




コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ