小説『涼子点景 1964』  書籍関係

[書籍紹介]

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1964年。
東京オリンピック前後の
国立競技場近辺の町を舞台に展開する
一人の美少女を巡るミステリー。

彼女の周辺の人物8人(本人を含む)を章ごとに立てて、
涼子という少女の姿を浮き彫りにする手法。

たとえば、第1章では、
万引きの濡れ衣を着せられた健太が
弁護してもらうために涼子に頼む。
初めは冷淡だった涼子は、
推理力を発揮して少年の無罪を証明する。

第2章は健太の兄幸一の視点で涼子に迫る。
涼子が突然中学から引っ越し、
有名女子高に入り、
運転手付きの車に乗って、
「お嬢様」と呼ばれている変化。
素性を探るうち、
涼子は父親が失踪し、
ヤクザの情婦である祖母と暮らし、
その祖母も階段を転落死している。
母は温泉町で仲居をしている。
謎だらけの涼子の遠景に戸惑う幸一。

第3章は美代という中年女性の視点から。
戦前女中奉公していた美代は、
甥の嫁の出産の手伝いをするために上京するが、
そこで、アパートを訪ねて来る老人に遭遇する。
嫁の近所の人の不思議な行動も知る。
奉公していた久我家を訪ねた美代は、
その当主・龍一郎が
最近目をかけている少女を養子にする話を聞く。
その少女こそ涼子だった。
しかも、涼子は美代の甥の家に起こっている不思議な話を
見事に推理で解明してしまう。

と言う具合に、
その後も涼子の同級生・茉莉子、
商店街の和菓子屋の息子・茂、
久我家の執事の速水、
涼子の母・道子と視点を変えて、
涼子の実像に迫る。
どの話も、登場人物に関わる、小さな謎を
涼子が解き明かす。
最後の涼子の章では、
涼子が懸念していた祖母と父親、母親にまつわる謎が解かれる。

一風変わったミステリーだが、
特徴は東京オリンピックの年、
敗戦から19年過ぎての高度成長の時代、
オリンピックを開催するまでになった
復興後の東京を舞台に描かれていること。
「もはや戦後ではない」と言われ、
戦後復興を世界に向けて高らかに告げる東京で、
昨日よりは今日、今日よりは明日が良くなる、
と信じられていた風潮の中で起こった様々な出来事。
たとえば、商店街の復興とか、
道路拡張に関わる不動産屋の横行、
薬物汚染の始まりなどが織り込まれる。
オリンピックが終わった後の空虚感も、
このように描写される。

オリンピックが終わると、
東京も日本も気の抜けたような空虚さに襲われた。
空気は日ごとに冷たくなり、
それに比例するかのように、
じわじわと不景気がしのびよってくる。
オリンピックに間に合わせることを
至上命令として進められた道路工事は、
ぱたりと止まった。
あるところまでアスファルトが敷かれ、
あるところで未舗装のまま取り残された道路は、
そのまま乾いた埃をまき散らした。


当時の獅子文六のシニカルな言葉。

「貧乏人が帝国ホテルで、
結婚式をあげたようなものだが、
ともかく無事にすみ、
関係者のみなさんに、
お役目ご苦労さまと、
本気で、ごあいさつ申しあげる気になった」


涼子は謎の少女で、
見方によっては野心を持った悪女のようにも見えるが、
その実、複雑な家庭環境で育ちながらも
強い意思で未来を切り開こうとする
聡明な女性であることが明らかになる。

オリンピック前後の狂騒。
日本が大きな変貌を遂げた、
新旧の区切りとなった変革の時代の中の
一人の少女の生きた時代を描いて、興味深い。




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