小説『熱源』  書籍関係

[書籍紹介]

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「天地に燦たり」で第25回松本清張賞を受賞してデビューした
川越宗一の書き下ろし作品。

樺太(サハリン)を舞台に展開する
アイヌ民族を巡る壮大な歴史ドラマ
最近の直木賞受賞作の中でも
突出した傑作小説である。

主人公ヤヨマネクフは樺太で生まれたアイヌ。
9歳の時、樺太はロシアのものになり、
ヤヨマネクフの家族は「ニッポン」の
北海道の対雁(ついしかり)に移り住む。
ヤヨマネクフは成長して妻をめとり、息子も生まれるが、
村に流行した天然痘が妻を奪う。
それから数年経ち、ヤヨマネクフは
「いつか故郷に帰る」という妻との約束を果たすために
樺太に戻る。
そのとき、樺太への旅券を取るために、
山辺安之助(やまべやすのすけ)という
日本名を作らなければならなかった。
しかし、たどり着いた故郷は、
もはやヤヨマネクフの思う故郷ではなく、
ロシア人の村になっていた。

もう一人の主人公、ブロニスワフ・ピウスツキは
リトアニアに生まれた青年。
ロシアの同化政策によって、
リトアニアの母語であるポーランド語を話すことは禁じられた。
ブロニスワフは皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、
無実の罪で樺太に送られる。
ブロニスワフはそこで先住民のギリヤークの人々と出会い、
ギリヤークの暮らしや言葉の研究を始める。
ギリヤークは、ロシア人の入植によって今までの生活を奪われ、
「文明」をもたらされて危機的な状況にあった。
そのギリヤークに自分は何ができるのかと、
ブロニスワフは考える。

日本人にされそうになったアイヌのヤヨマネクフと
ロシア人にされそうになったポーランドのブロニスワフ。
文明を押し付けられ、
それによってアイデンティティを揺るがされた経験を持つ二人が、
樺太で出会い、自らが守り継ぎたいものの正体に辿り着く。

樺太の厳しい風土やアイヌの風俗が鮮やかに描き出され、
国家や民族、思想を超え、人と人が共に生きる姿が示される。
文明国であると自認する白色人種の
先住民に対する蔑視や優越思想も描かれる。

「ですが白人種以外が文明を理解できるとも思えませんな。
滅びゆくその日まで伸び伸びと暮らさせてやったほうが
よいのではありませんか」

「高度に発達した文明を持つ我々には
彼らを適切に統治し、
より高度の発展段階へと導く必要と使命があります」

耐えられなかったのは、
その学校の教師たちは
アイヌを不潔で蒙昧であると決めつけていて、
生徒にあからさまな蔑視を向けるか、
よくても憐憫の情で接することだった。
授業ではことあるごとに、
アイヌであることをやめて
和人(日本人)になることが推奨された。


時代は日露戦争や第2次世界大戦まで及び、
太宰治、二葉亭四迷、石川啄木、金田一京助も登場。
白瀬中尉による南極探検も描かれる。

罪を許されたブロニスワフは
安全のため妻子を樺太に置いて、
リトアニアの独立のために闘う。
闘うと言っても非暴力を貫き、
最後は死亡する。
後にその弟がポーランド独立の英雄になることが分かる。

序章に現れたロシアの伍長が
聞いた録音盤のくだりが、
終章で蘇る構成も巧みである。

「私たちは滅びゆく民と言われることがあります。
けれど、決して滅びません。
未来がどうなるか誰にもわかりませんが、
この録音を聞いてくれたあなたの生きている時代のどこかで、
私たちの子孫は変わらず、
あるいは変わりながら、
きっと生きています」

「もしあなたと私たちの子孫が出会うことがあれば、
それがこの場にいる私たちの出会いのような
幸せなものでありますように」


題名の由来は、次のとおり。

生きるための熱の源は、人だ。
人によって生じ、遺され、継がれていく。
それが熱だ。

これからも、同族たちにはさまざまな困難があるだろう。
同化の圧力、異化の疎外、蔑視、憐憫、薄れる記憶。
もし祈りの言葉が忘れられても、
言葉を奪われても、
自分が誰かということさえ知っていれば、
そこに人(アイヌ)は生きている。
それが摂理であってほしいと願った。


アイヌ民族という存在に光を当て、
歴史の中で翻弄される姿を描く、
一大叙事詩
登場人物と同化した気になり、
その奔流に身を委ねた気になる。
見事な直木賞受賞作だ。

選考委員の選評は、以下のとおり。

角田光代
作者が描こうとしているのは、
場所でも時間でも人種でも史実でもなくて人間だ。
史実に引きずられて端折りすぎの箇所もあるように
感じられたけれど(南極探検隊のところなど)、
それでも、史実か否かなどどうでもよくなるような、
つまり小説だけが持ち得る躍動感に満ちている。


宮部みゆき
風格さえ漂う歴史小説ですが、
冒険小説としても面白いので、
受賞を機会に多くの若い読者のもとに届いてほしいと思います。


桐野夏生
文体は簡潔でリズムがあり、描写もうまい。
個人的には、流刑になったピウスツキの生涯が劇的だっただけに、
主人公ヤヨマネクフがうまく彼に絡まないのが残念だった。

浅田次郎
一気呵成に読み切るというほどの面白さを備えているとは言い難いにせよ、
長い物語を存分に堪能できる、
いわば小説らしい小説である。
資料を深く読みこんで全体像を把握し、
歴史や習俗をストーリーに反映させているから、
難しいはずの話がわかりやすい。
しかし、長い時間をかけたと思えるこの作品中においても、
作家としての進化が明らかなところからすると、
はたしてここで受賞することが適切かどうか、
という迷いもあった。

林真理子
群を抜いていた。
候補作の中で、いちばん小説らしい小説であった。
人間にとって民族とは何かという大きな命題に、
正面から立ち向かっていく姿勢にも好感を持てる。
最初に登場する女性兵士が、
最終章を実にうまくひき締めていた。
川越さんはまだ二作めということであるが、
これだけの長篇を書ける力量はたいしたものだ。

北方謙三
描かれた時間が長きにわたり、
そのため散漫さと緊密さがともにある、
という印象を持ってしまった。
少数民族の絶望的な悲劇の歴史は、
実は資料の外にあるのかもしれない、と私は思った。
あるいは、資料の行間に。
そこを抉り出して欲しかった、という思いも読後に残った。
全面的な支持をすることはできなかったが、
作品全体が放つ熱気は相当なもので、
それには圧倒された。

高村薫
題材にふさわしい小説形式といい、
物語を運ぶ構成といい、
よく悪くもオーソドックスで安定しており、
エンターテインメントの書き手として必要十分の才を感じた。
小説家としてはまだまだ発展途上と言うほかないが、
アイヌ民族の近代史という大きな構えの小説に
正攻法で臨む姿勢は、
この作者の潜在的な胆力の証だと思う。

宮城谷昌光
クルニコワ伍長という女性兵士が、唐突に登場し、
しかもその時代は日本が終戦を迎える昭和の二十年である。
じつはこの人物はこの後、終章まで登場しない。
こういう断絶と接続が本文でもくりかえされる。
ゆえに、たいそう読みにくい。
しかしながら、理外に作者の情熱が赫々とあることもわかり、
無視しがたいことも事実なのである。
創作的熱源が分散しないかたちの作品であってもらいたかった。





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