連作短編集『名残の花』  書籍関係

[書籍紹介]

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江戸が東京に改まって数年後の
能役者たちの行く末を描く。

主人公は、鳥居胖庵(はんあん)。
正しくは鳥居甲斐守忠輝で、
鳥居耀蔵(ようぞう)と言った方が分かりやすい。
水野忠邦の天保の改革の下、
目付や南町奉行として
奢侈を禁じる厳しい取り締まりなどで
当時の人々からは“蝮の耀蔵”“妖怪”とあだ名され、
忌み嫌われた。
後に解任され、
全財産没収の上であちこちに預けられたが、
最後は讃岐丸亀藩に幽閉され、
明治維新の際に恩赦を受けるまでの間、
20年以上お預けの身として軟禁状態に置かれた。
東京(江戸)に戻った時は77歳。

その胖庵が維新後の東京の有様を見て、
嘆くところから物語は始まる。
武士たちが全員解雇され、
髷を切り、ざんぎり頭になっている時、
胖庵は昔のままの服装で大小を差し、
町の人々からは奇異の目で見られる。

その胖庵は十六歳の能役者の見習い・滝井豊太郎と知り合う。
江戸時代、各藩に召し抱えられていた能役者たちも
御一新後は後ろ盾を失い困窮していた。
演ずる機会もなく、
食べるのが精一杯の有様。
豊太郎は金春座(こんはるざ)の地謡方・中村平蔵を師として、
細々と修業を続けているが、将来の希望はない。

かつて豊太郎がこの家の門人になった時、
住み込みの門弟は十指に余り、
通いの弟子が朝から門前に列を成していた。
それが今はどうだ。
がらんとした屋敷に住まうのは師と自分のみ。
通いの門人も目の前の彼が去れば、
あとは物好きな商人がほんの二、三人だ。
誰もかれもが能を捨てて、
どこかに消えてゆく。
なまじかつての一座の隆盛を知っているだけに、
その事実が豊太郎にはひどく不条理に思われた。


明治政府によって演目の制限がされ、
胖庵はかつて自分がした弾圧と重ね合わせて見る。

かつて胖庵自身が行った芝居町への弾圧。
それと同じことが今、
新政府によって始まろうとしている


そして、胖庵は逆に能の世界に近づいていく。

胖庵を前にしての平蔵の言葉。

「このお方はよ。
忌々しいが、俺たちと同じく、
お江戸に置き去りにされちまったお人だ」


能の演目とオーバーラップさせながら
物語は進行する。
時代の変転に遭遇した人々の生き方が描かれる。

新しい時代を受け入れようとする喜十郎は、豊太郎にこう言う。

「この国はこれから、どんどん変わってまいります。
古きものは押し流されて消え、
やがては欧米の諸国にも負けぬほど、
国は富みましょう。
知れ切った繁栄を前に、
そなたやあの亮輔は
なおも価値のなきものにしがみつき続けるのですか」
「国が・・・国が富み栄えて、それで何になります」
豊太郎には、政(まつりごと)なぞよく分からない。
しかしながら、
守りたいと思うものを捨てねば手に入らぬ繁栄が、
果たして人に必要なのか。
胖庵は守るべき江戸を失ってもなお、
皆目、己を曲げようとしない。
平蔵は金春座の衰退を嘆きつつも、
一座の芸を磨くことに邁進している。
そんな彼らが不幸だとは、
豊太郎は微塵も思わない。
世が濁ってもなお、
老いた身を奮って澄み続ける彼らは、
憎しみに濁る喜十郎より
はるかに幸福なはずだ。


明治維新という時代の変転の中に、
滅びゆく能をぶち込み、
更にかつては弾圧した鳥居耀蔵を配するという、
なかなかのアイデアだが、
物語として、弾まず、
あまりうまくいっているとは思えなかった。

なお、丸亀時代の鳥居耀蔵を扱った小説に
宮部みゆきの「孤宿の人」がある。
その紹介ブログは、↓をクリック。

「孤宿の人」




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