小説『隠居すごろく』  書籍関係

[書籍紹介]

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西條奈加による時代小説。

巣鴨に店を開く糸問屋・嶋屋の
6代目主人徳兵衛は、
還暦を過ぎ、そろそろ隠居したいと申し出る。
5代目の父の死によって店を継いだのは28の時。
それから33年間、商売一筋に励んで来た。
7歳からの修行も合わせると、54年もの間、
店のためだけに費やした。

34歳になる長男は、
とても自分にはまだ七代目はつとまらないと固辞するが、
強引に隠居してしまう。

徳兵衛は嶋屋からそう遠くないところに隠居家を買って引っ越す。
長年連れ添った妻のお登勢は、同行せず、
これまで通り店にいるという。
女中一人とその息子が付いて来た。

このときの徳兵衛は、まだ知らなかった。
隠居とは上がりではなく、
二枚目の双六の始まりであった。


とあるように、
徳兵衛の隠居暮らしは、
それまでの生活と一変する。
当初、何か趣味をと、いろいろ手を出すが、
全部なじめず、手持ち無沙汰になってしまう。
その空虚な日々を埋めるのに登場したのが、
孫の千代太・八歳。
この千代太がものすごく優しい性格の持ち主で、
野良犬、野良猫を見ると捨てておけず、拾って来てしまうのだ。
なんとかやめさせようと、
「千代太、おまえは難儀してる小さきものを、
見過ごしにはできぬのだろう?」
「おまえの気持ちは、決して悪いことではない。
だがな、どうせなら犬猫ではなく、
人のために使ってみてはどうだ?」
などと言って、やめさせようとするが、
その言葉を鵜呑みにした千代太が次に連れてきたのは、
二人の子供だった。
貧民窟に住み、父はおらず、飲んだくれの母と一緒だ。
徳兵衛はみかねてこの一家の救済に乗り出す。
というのは、母のおはちには組紐の技術があり、
腕は確からしい。
徳兵衛は隠居家の一角に作業所を設け、
おはちに糸を与えて組紐をさせてみる。

一方、千代太は周囲の浮浪児たちを集めて、
手習いの稽古を始め、
隠居家は子供たちの声が満ちるようになってしまう。

やがて、上州から組紐の作業に女性たちが次々と加わり、
また、子供らの稼ぎの王子権現の案内料を増やすために、
縁起を伝える子供芝居まで手を広げ、
それを妨害するやくざ者と対決したりする。

その間、徳兵衛の中に大きな変化が起こる。
それまでは商売で儲けることだけ考えていたのが、
人のために尽くす、という喜びを感ずるようになるのだ。

商いを、ただの金儲けだと思えば、
金に束縛され、翻弄される。
しかし富久屋の亀蔵が言ったとおり、
そこに自分なりの甲斐を見つければ、
まったく別の世界が開けてくる。
甲斐とは煎じ詰めれば、他人の役に立つことかもしれない。
人に喜ばれ、人に認められる。
昇進も儲けも褒美も、
すべてはそこに繋がる。


他人によけいな情をかけるな、
たとえ吝嗇は侮られても金は惜しめ、
というのが徳兵衛の人生訓であったが、
千代太に感化されて、別な世界を見てしまうのだ。

そして、冷えきった関係の妻のお登勢との仲も修復する。
36年前の出来事を初めて知らされ、詫びるのだ。

「わしはおまえは向き合うことをせず、
ただ仕事に逃げておった。
店で慌ただしくしておれば、
よけいなことを考えずに済むからな」


何だか今のサラリーマンの世界を反映しているみたいで、
現代にも通じる物語。

人生をすごろくに譬え、
定年での「上がり」から
次のすごろくが始まる、
なかなかの話であった。

「公明新聞」に連載。





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