小説『崩壊の森』  書籍関係

[書籍紹介]

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「傍流の記者」で直木賞候補となった本城雅人による、
新聞社のソ連特派員の話。

1987年、東洋新聞の記者・土井垣侑(どいがき・たすく)がモスクワに降り立つ。
当時はゴルバチョフの時代で、
彼の提示したペレストロイカ(再建)が
本当に実績を挙げるか疑問視されていた。
旧ソ連だから、取材活動には制限が多く、
政府発表の中にどれだけ本音を織り込めるかがキモで、
本社からは当局を刺激しないよう「特ダネ禁止」を言い渡されていた。
そんな中、土井垣は、居酒屋に出没し、
市民とウォッカを飲みながら、本音を聞き出し、
生きた情報を日本に発信しようとするが、
ソ連政府の監視を様々な点から感ずる毎日だった。

今から思えば、ソ連崩壊は、
20世紀の10大ニュースの一つだった。
アメリカとの二大国で世界を二分し、
覇権を争った超大国が
ああいう形で崩壊するとは、
誰も予想がつかなかっただろう。

本書は、その激動の時代に
ソ連特派員として赴任した一記者の奮闘を描く。
なにしろ共産党の一党独裁の国である。
国民に対する監視が広く編み目のように張りめぐらされ、
自由な発言が出来ない、
今の日本からは考えられない制度の国である。
それというのも、社会主義という経済体制が
人間の本性に反していたからなので、
その体制の齟齬を
強権で抑圧しようとしたことに起因する。
このままでは国が滅びると危機感を募らせたゴルバチョフによって
改革、つまり民主化と自由化が導入されたわけだが、
1920年以来、70年余にわたって平常化した体制が
そう簡単に意識改革できるわけではない。

紆余曲折があり、
ゴルバチョフ側近によるクーデターが失敗し、
エリツィンの台頭で
ソ連の崩壊に至るわけなのだが、
その過程を日本人記者の視点が描くこの小説は、
ソ連崩壊の裏側を知る意味でも貴重な本だ。

情報源となったユーリは、このように言う。

「ソ連にはソ連国民にしか分からない事情があり生き方がある。
そうでなければ世界のどの国よりも先に、
この国にマルクス=レーニン主義が根づくことはなかった」
彼の説明はここでも正鵠を射ていた。
気候的に農作物が育ちにくい国だからこそ
国民生活は行き詰まり、
そこに入り込んできたのが社会主義である。


物語の背景として、
ベルリンの壁の崩壊、
ルーマニアなどを代表する社会主義政権の凋落、
バルト三国の独立など、
当時の世界情勢が激動の時代だったことが分かる。
それにしても、大規模な戦争や内戦もなしに、
よくもソ連はロシアに軟着陸したものだと思う。

共産党の拡大党中央委員会総会の決議内容を掴んだ土井垣が
「ソ連、共産党独裁の放棄へ」
スクープをものにするあたりはスリリング。
大誤報の心配に震えながら、
他紙、通信社の後追いを待つ24時間は、
記者生命を賭けた時間だっただろう。

これは実話で、
土井垣は、世界に先駆けてソ連崩壊をスクープした
実在の記者・産経新聞の斎藤勉氏がモデル。
斎藤氏はソ連とロシアに通算9年近く在住し、
一連の報道でボーン上田記念国際記者賞を、
「ソ連、共産党独裁を放棄へ」のスクープで
日本新聞協会賞を受賞している。

このスクープが確定した時、
土井垣の厳しい前任者の新堀に、電話で

「こういう記事を書くために私や馬場さんは長い間、
そこで辛抱してきたんだ。
これこそモスクワの特派員がいつか書かなくてはならない記事だ。
誰かに燃やされる前に、
世界に向かって報道しなくてはいけない記事だったんだ。
ありがとう」


と言われる場面は胸を打つ。

新堀に褒めてもらえるとは思ってもいなかった。
短い会話だったが、言葉からは
今とは比較にならないほど厳しい言論統制下で
記事を送り続けた先輩特派員たちの苦労が伝わってきた。
二人の顔を思い浮かべる。
今回の記事は先輩たちとともに書いたものだ。
いや彼らが書かせてくれた。
そう思ったら急に視界が曇った。


1991年12月25日
ゴルバチョフ大統領の辞任会見をもって
ソビエト社会主義共和国連邦は亡くなり、
クレムリンの横のソ連閣僚会議ビルの
ドームの上に立つ赤旗が下ろされ、
ロシアの三色旗に変わる瞬間を
土井垣は目撃する。

ユーリと同じく、土井垣の情報源だったボリスは、こう言う。

「ソ連共産党はマルクス=レーニン主義で結びついた
同志の集団だと言われてきたけど、
僕らにとっての社会主義思想は、
所詮はこの集団の中にいれば安全であり、
なおかつ自分たちに都合のいい
巨大な傘に過ぎなかったんだ」


最後に土井垣が後輩に特派員の内示の出た際、言う言葉が印象的だ。

「世界には自分の足で歩き、目で見て、
肌で感じなければ分からないことが沢山ある。
町に出て、沢山の人間から話を聞くんだ。
俺はそうやって真の友に出会えた。
きみはきみのやり方でいい。
ただ、報道するということは
歴史の最初の記録者になるということを、
決して忘れないでほしい」


「傍流の記者」同様、
臨場感あふれる描写が特派員の生活を活写する。
歴史の証言的意味もある
時代を振り返りながら、読みごたえのある一篇であった。

ソ連崩壊後に成立した国名は下記のとおり。

アルメニア
アゼルバイジャン
ベラルーシ
エストニア
ジョージア
カザフスタン
キルギス
ラトビア
リトアニア
モルドバ
ロシア
タジキスタン
トルクメニスタン
ウクライナ
ウズベキスタン                                    

そのうち、エストニア、ラトビア、リトアニア、ロシア、ウズベキスタンの
5カ国は行っているが、
ふと「ああ、ここは昔ソ連圏だったんだ」
と思うと感慨深いものがあった。

また、チェコやハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、
ポーランドや旧ユーゴスラビアの国々を旅すると、
「昔は鉄のカーテンの向こうで、
入ることが困難な国だったんだ」
と思ったりもする。

旧ソ連を中心とする社会主義国家群は、
20世紀の一時代を象徴するものになった。
後は、一党独裁を続ける中国がどうなるか。
未だに言論統制をしている国だが、
何年か後には、
このような小説が書かれるのだろうか。

「傍流の記者」の本ブログでの紹介は、↓をクリック。

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