小説『跳ぶ男』  書籍関係

[書籍紹介]

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これは珍しい、
能を深く追究した時代小説。
直木賞作家・青山文平による。

藤戸藩という、地方の藩が舞台。
わずか2万2千石の貧乏藩で、
台地の上の土地が狭く、畑にするため、
死者さえ葬る場所がなく、
浅く埋めては、大雨で海に流されるままにするほどだ。

その藩の道具役の二家の長男の屋島剛(たける)と岩船保(たもつ)。
道具役とは、大名道具の世話をする役目だが、
実質は藩お抱えの能役者だ。
当時、能は武家の唯一の式楽(しきがく=儀式に用いる楽)で、
江戸城大広間のすぐ脇に能舞台が設えられたのを始め、
どの大名も能を保護し、時には藩主自ら能を舞った。

能は足利義満の保護を受け、
織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も能の魅力にとりつかれており、
家康は能を幕府が保護する芸術とした。
武家社会での能の普及・発展は、
将軍家の覚えをめでたくしようとする
諸藩大名の外交辞令的な面もあった。

(おそらく、能に対する感受性のない藩主も
沢山いたと思われる)

能が幕府の公式行事で演じられる「式楽」として定着したのは、
三代・家光、四代・家綱の時代で、
能役者は、武士の身分に取り立てられ、
俸禄を与えられた。

剛は幼くして母を亡くし、
父の再婚により次男に
嫡子としての居場処を奪われてしまう。
以来、三つ齢上の友・岩船保の手を借りながら
独修で能に励んできた。

保は未来を嘱望された英才で、
剛に「この国をちゃんとした墓参りができる国にしたい」と語る。
しかし、17歳の時、門閥の三男との諍いで脇差を抜き、
切腹を命じられた。

剛は15歳の時、
目付の鵜飼又四郎に呼び出され、藩の秘密を打ち明けられる。
江戸屋敷で若い藩主が病死したのだという。
しかし、養子を迎えるには、
藩主が17歳以上でなければならず、
その年齢に達するまで、
剛に藩主の身代わりになれというのだ。
剛は江戸屋敷に赴き、
又四郎と江戸留守居役の井波八右衛門の指導で、
江戸城での振る舞いや対人関係の手ほどきを受けるが、
剛が起用されたのは、年齢の問題以外に、
能の能力により、ある人物を動かし、
藩の生き延び策をほどこすことにあった・・・

というわけで、
藩主の身代わり能の力での藩の存亡という
二つの問題を孕んで話が展開する。

しかし、物語は、こうしたサスペンスで引っ張るわけではなく、
あくまで能に対する深遠な奥義を追究するものとして展開する。

であれば、能に対する基礎知識のみならず、
深い見識が読者に要求されることになる。

実は、私は能は一度しか観ていない。
国立能楽堂での鑑賞だから、
演者は一流の人だったと思うが、
私の感受性にはひっかからなかった。
そのような者が、

「今日の能は、省略の舞台だ。
型に象徴されるように、
生の形を省きに省き、
もはやそれより省きようがない処まで削ぎ落として、
それでも消えずに残った形に美が宿るとする」


などの見解を読んだだけで理解せよ、
といっても無理な話である。
まして、

「能は詰まるところ、
美を見据える舞台である。
成熟の行く手を、美に置く。
ただし、生強の美ではない。
ありえぬはずの処にある美だ。
能はそのありえぬはずの処を、老いに求めた。
老いは酷い。
その酷い老いを超えてなお残る美を、能は追う。
だからこそ、能は名人でなくてはならぬ」


などという言葉を聞いても、気が遠くなるばかりである。

ただ、
「能を美しく舞うためには、
舞台と日々の暮らしに境目があってはならない。
常日頃から、美しく居らねばならぬ」
は、よく分かる。

身代わりについての注意事項は面白い。
たとえば、食事は全て残さず食べること、などと指示される。
それは亡くなった藩主が全部食べたからで、
その小さな変化から判明してしまうという。
また、ゴミや虫が入っていても呑み込め、という。
ゴミや虫が入っていたことが分かったら、
料理人が切腹しなければならないからだという。

剛の探求の基礎にあるのは、
又四郎に保が剛に関して言ったという、
剛は素晴らしい役者だ
剛は想いも寄らぬことをやる
剛がうらやましい
という三つの言葉を確かめることだった。
また、本来この身代わりは保がすべきものであり、
保の身代わりでもあるということが剛を縛る。

又四郎は先々代の藩主の能の名人の薫陶を受けた人物、
というのも背景としてはいい。

ただ、いくら身代わりの藩主といえども、
又四郎や八右衛門の言葉遣いが
人のいない場でも敬語というのは、
やや違和感を覚えた。
また、剛がいかに天才だとしても、
一度も人前で能を演じたことのない人物が
初めての舞で能の目利きに感銘を与えるのは、
やはり違和感を覚えた。
まさに、又四郎の言うとおり、
「百回の稽古よりも、一回の本番」
なのだから。

というわけで、
この本は、能の門外漢には、少々、難しかった。

最後に次の記述が印象的だった。

式楽となった能は失敗できぬが、
武家もまた失敗できぬ者である。
御公儀の時代にあって
武家が支配者に在る由縁は、
武家が自裁をできるからだ。
他から言われて腹を切るのではない。
みずから裁いて、みずからに死を与える。
腹を切ることができるから武家なのではなく、
みずからを裁くことができるから武家なのである。





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