映画『ライ麦畑の反逆児』  映画関係

[映画紹介]
                                
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大ベストセラー「ライ麦畑でつかまえて」を書いた
ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー(1919〜2010)の半生を描く。

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サリンジャーが登場する映画は、
少年院から出てきたばかりの少年が、
「ライ麦畑でつかまえて」の主人公
ホールデンのその後を知りたいと、
サリンジャーに会うための旅をする
「ライ麦畑をさがして」(2001)、

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「ライ麦畑でつかまえて」を舞台化しようとした高校生が
原作者であるサリンジャーの許可をとるために、
サリンジャーと会いに出かける
「ライ麦畑で出会ったら」(2015)、

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などがあるが、
サリンジャー本人を主人公にした映画は初めて。

ライ麦・・・
イネ科の栽培植物で、小麦、大麦の仲間。

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食用や飼料用としてヨーロッパや北アメリカを中心に広く栽培される穀物。
寒冷な気候や痩せた土壌などの劣悪な環境に耐性があり、
主に小麦の栽培に不適な東欧および北欧の寒冷地において栽培される。
パンとしての利用のほかに、
種子は醸造用としてウイスキーやウォッカの原料ともなる。

↓は私のお気に入り、ライ麦入りパン。

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「ライ麦畑でつかまえて」・・・
1951年、7月16日に出版された小説。

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高校を放校となった17歳の少年ホールデン・コールフィールドが
クリスマス前のニューヨークの街をめぐる物語。
口語的な文体で社会の欺瞞に対し鬱屈を投げかける内容は
時代を超えて若者の共感を呼び、
青春小説の古典的名作として世界中で読み継がれている。

サリンジャーの分身、ホールデン・コールフィールドは、
成績不良で退学処分を受ける。
ホールデンは学校を追い出される前に自分からここを出て行くことを決め、
ニューヨークに向かう。
ニューヨークに着くとホテルを取り、
ミーハーな女の子たちどダンスしたり、
ナイトクラブでピアノ演奏を聴くが、
会う人間たちの俗物性に嫌気が差し、
ますます気分が落ち込む。

エレベーター係の男に娼婦を斡旋されたり、
二人の尼僧と知り合ったりする中、
女友達のサリーに電話してデートの約束を取り付ける。
サリーと待ち合わせて、
ブロードウェイで演劇を観るが、
役者や観客の欺瞞に辟易する。
ホールデンはサリーに、
今から二人で田舎にいってそこで結婚して
自給自足の生活を送ろうと持ちかけるが、
サリーにはまったく相手にされない。

一度家に帰って妹のフィービーに会うが、
フィービーはホールデンが放校になったことを知ると、
兄は「けっきょく、世の中のすべてが気に入らないのよ」と言う。
その後、両親が家に帰ってきたため、
ホールデンは見つからないようにこっそり抜け出し、
かつての高校の恩師であるアントリーニ先生の家を訪れる。
アントリーニ先生はホールデンに助言を与えるが、
ホールデンは強烈な眠気に襲われ、カウチで眠りにつくが、
しばらくして目が覚めると、
アントリーニ先生がホールデンの頭を撫でている。
驚いたホールデンはすぐに身支度して、そのまま家を飛び出し、
駅で夜を明かす。

翌朝、街を歩きながらホールデンは、
森のそばに小屋を建て、
聾唖者のふりをして、
一家で世間から身を隠して暮らそうと考える。
別れを告げるためにフィービーにもう一度会うが、
フィービーは自分もホールデンに付いていくと言う。
ホールデンは拒否するが、フィービーも譲らず、
険悪な雰囲気のまま動物園に入るが、
そこの回転木馬に乗ったフィービーを
降りだした雨の中で眺めたとき、
ホールデンは強い幸福感を覚える。
ホールデンは家に帰る。

といった内容だが、
ホールデンは社会や大人の欺瞞や建前を「インチキ」と唾棄し、
その対極として、フィービーやアリー、
子供たちといった純粋で無垢な存在を愛し、
その結果、社会や他者と折り合いがつけられず、
孤独を深めていく心理が、口語的な一人称の語りで描かれている。

題名の意味は、
ホールデンが妹のフィービーに語る次のセリフにある。

「とにかくね、僕にはね、
広いライ麦の畑やなんかがあってさ、
そこで小さな子供たちが、
みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。
何千っていう子供たちがいるんだ。
そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。
で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。
僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、
その子をつかまえることなんだ――
つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。
そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、
その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。
一日じゅう、それだけをやればいいんだな。
ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。
馬鹿げてることは知ってるよ。
でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。
馬鹿げてることは知ってるけどさ」

これが原題の「The Catchar in the Rye」の意味で、
これに「ライ麦畑でつかまえて」との邦題を付けたのは、
野崎孝訳、白水社、1964年版

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1952年の初訳では、
「危険な年齢」(橋本福夫訳、ダヴィッド社)という
独自のタイトルが付いていた。

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2番目の訳「ライ麦畑でつかまえて」が有名になったため、
その後、ほとんどこの題名で語り継がれているが、
(私はライ麦畑で鬼ごっこをする話だと思ったいた)
3番目の訳では、
「ライ麦畑の捕手」(繁尾久の原書の注釈、英潮社版、1967年)
という題名がついていた。

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野球じゃあるまいし。
一番新しい村上春樹訳では、
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(白水社、2003年)と英語そのまま。

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先程のホールデンのセリフは、
村上春樹訳では、

「つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、
どっかからともなく現れて、
その子をさっとキャッチするんだ。
そういうのを朝から晩までずっとやっている。
ライ麦畑のキャッチャー、
僕はただそういうものになりたいんだ」

となっている。

ホールデンは、ニューヨークの朝、
道で小さな子供が
「ライ麦畑で誰かが誰かと会ったら
(If a body meet a body coming through the rye. )」
という歌を歌うのを聞くが、
ホールデンは、
「ライ麦畑で誰かが誰かをつかまえたら
(If a body catch a body coming through the rye.)」
と覚え違いして、そういう話になった。

なお、この歌はスコットランドの国民詩人ロバート・バーンズの歌詞で、
日本では「故郷の空」(夕空晴れて 秋風吹き〜)の歌詞が付けられた。

故郷の空

後にドリフターズがなかにし礼の作詞で
「誰かさんと誰かさん」(1970)と歌い、

誰かさんと誰かさん

年配者からは「冒涜的な替え歌」という批判が出たが、
実は、このザ・ドリフターズ版が一番元歌の雰囲気を醸し出している。

この映画の中でも、
この歌は出て来る。

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さて、映画だが、
主人公のサリンジャーが1939年にコロンビア大学の聴講生となり、
ホイット・バーネットの創作講座に参加する。
バーネットは、トルーマン・カポーティやジョゼフ・ヘラー、
ノーマン・メイラーなど数々の新人作家の作品を
自らが創刊した文芸誌「ストーリー」で最初に掲載し
世に紹介したことで知られる人物。

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サリンジャーは、バーネットの授業に参加して大きな影響を受け、
作家の魂のようなものを植えつけられる。
処女作「若者たち」が「ストーリー」 (1940年3-4 月号) に掲載され、
25ドルという、生まれて初めての原稿料を受け取った。

1941年に「マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗」が
『ザ・ニューヨーカー』に掲載されることになるが、
太平洋戦争の開戦により、
作品の掲載は無期延期となってしまう。
(結局5年後の1946年に掲載される)。
この短編は、作家の分身とでもいうべき
ホールデン・コールフィールドが初めて登場した作品である。

その頃、劇作家ユージン・オニールの娘ウーナ・オニールと交際していたが、
ウーナは1943年に突如チャールズ・チャップリンと結婚してしまう。

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1942年、太平洋戦争の勃発を機に
自ら志願して陸軍へ入隊し、
ノルマンディー上陸作戦に一兵士として参加し、
激戦地の一つユタ・ビーチに上陸する。
強制収容所を見たことやナチ狩りでトラウマを得て、
神経衰弱と診断され、ニュルンベルクの陸軍総合病院に入院する。
入院中にドイツ人女性医師シルヴィア・ヴェルターと知り合い結婚。
その後、離婚。

1949年頃、コネチカット州ウェストポートに家を借り執筆生活に専念、
「ライ麦畑でつかまえて」の執筆を開始。
当初予定していた出版社から
「狂人を主人公にした作品は出版しない」と出版を拒否され、
別な出版社から刊行。
文壇からは賛否両論があり、
保守層やピューリタン的な道徳的思想を持った人からは激しい非難を受けた。
ホールデンの言葉遣いや態度を、
カリフォルニア州の教育委員会が問題とし、
本書は学校や図書室から追放されることになった。

しかし主人公ホールデンと同世代の若者からは圧倒的な人気を誇り、
30カ国語に翻訳され、
全世界で累計6500万部以上の売り上げを記録。
現在でも毎年約25万部が売れ続けている。
日本でも累計320万部を越えた。

時代の寵児となるが、違和感を覚え、
ニューハンプシャー州に土地を購入、
原始的な生活を送った。
地元の高校生達と親しくなり、交流を深めることになる。
しかし、その関係も長くは続かず、
親しくしていた女子高生の1人が、
学生新聞の記事として書くことを条件に受けたインタビューの内容を、
地元の新聞にリークしてしまったことに激怒し、
高校生達とも縁を切り、社会から孤立した生活を送るようになった。

1955年にラドクリフ大学に在学中のクレア・ダグラスと結婚。
一男一女を儲けるが、後に離婚。
次第に発表する作品数が減り、
1965年に「ニューヨーカー」に掲載した
「ハプワース16、1924」を最後に
完全に沈黙、作家業から事実上引退した。

という半生を、かなりの駆け足で描いたのがこの映画。
サリンジャーという作家のことを知るには、
大変ためになる映画。
そして、バーネットとの師弟関係
人間ドラマとして興味深く、
最後の二人の別れが切ない。
掲載を巡る編集者とのやりとりも興味津々。
また、小説を彷彿とさせる場面が沢山出て来るのも楽しめる。

サリンジャーを演ずるのは、ニコラス・ホルト

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バーネット役をケヴィン・スペイシーがつとめる。
監督はダニー・ストロング
ケネス・スラウェンスキーの書いた評伝
「サリンジャー生涯91年の真実」を原作としている。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/gAUYWxvsavw

なお、
1980年代に有名人を射殺しようとした3人の犯人が
「ライ麦畑でつかまえて」を読んでいたことでも知られる。
1980年12月8日にジョン・レノンを路上で射殺したマーク・チャップマンは
警察が到着するまで歩道で座って本書を読んでおり、
法廷でも作中の一節を大声で読みあげていた。
1981年3月30日にはロナルド・レーガンがジョン・ヒンクリーに射撃されたが、
犯人のモーテルの部屋に本書があった。
1989年7 月18日には女優のレベッカ・シェイファーを
ロバート・ジョン・バルドが射殺し、
犯人の拳銃と血だらけのシャツと共に本書が発見された。

タグ: 映画



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