映画『マチルダ 禁断の恋』  映画関係

[映画紹介]

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ロシアのロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世
その愛人のマチルダ・クシェシンスカヤを巡る愛憎劇。

19世紀のロシア、アレクサンドル3世の治世。
次期皇帝の継承者ニコライは、
バレエの公演で
ライバルの陰謀で紐が解け、
胸をはだけて踊るマチルダに目が釘付けになる。

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ほどなく二人は愛人関係になるが、
ニコライには、
イギリスのヴィクトリア女王の孫娘で
愛称アリックスという婚約者がおり、
ニコライとマチルダとの関係は、
宮廷では歓迎されない禁断の恋とされていた。

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やがてアリックスはロシア入りし、
マチルダの存在を知り激しい嫉妬と憎悪を燃やす。
マチルダはニコライに
「彼女と結婚したら、あなたは不幸になる」と言い放つが、
皇后である母の強い意志でニコライはアリックスと結婚(1894年)する。
アリックスは後のアレクサンドラ皇后となる。

これに、マチルダに横恋慕するヴォロンツォフ大尉がからむ。
ニコライはマチルダとの恋を成就するために王座を背く決断するが、
ヴォロンツォフによってマチルダが亡くなったと思い込む。
マチルダ亡き今、
王座を捨てることはせず戴冠式を受け入れるニコライ。
大聖堂で妻とともにロシア新皇帝の戴冠式(1896年)が執り行われるが、
その最中に、マチルダが突然現れ・・・・

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ニコライ二世にマチルダというバレリーナの愛人がいたことは事実だが、
それに基づいて虚実ないまぜになった歴史物語が展開する。
だが、ストーカーの大尉の存在など、
物語を波乱にするだけの要素が混ざると、安っぽくなり
著しく興味をそぐことはなはだしい。
バレエの舞台でライバルと競演することなど現実にはあり得ないし、
戴冠式でのいきさつも、
ニコライの妄想で片づけられては・・・

真実の恋と政略結婚との軋轢、
周辺諸国との問題や皇后とアリックスの確執など、
面白くなる要素は沢山あるにもかかわらず、
ニコライの恋狂いの様を延々と見せられても、
こんな人物に皇帝の役割が務まるのかと心配してしまう。
もっともニコライ2世は日露戦争に敗れ、
圧政のあまりロシア革命を勃発せしめた点で、
やはり王朝末期の皇帝に相応しい人物だったのだが・・・

ただ、ロシア映画がこの禁断の題材に踏み込んだ意欲と、
それを支える美術、衣裳の豪華絢爛さは一見の価値がある。
エカテリーナ宮殿は本物が撮影に貸し出されたというし、
黄金に輝くサンクトペテルブルクの宮殿や、

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ボリショイ劇場やマリインスキー劇場も精密に造形され、

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マリインスキー・バレエ団の舞台も豪華に再現。

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中でも戴冠式のシーンの圧倒的な物量は
ロシア映画の底力を見せる。

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問題は、皇帝を魅了し、
王位を捨てる決心をさせるほどの魅力が
マチルダ役のミハリーナ・オルシャニスカ↓に感じられないことだ。

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皇帝が狂うほどの美貌と清廉さがなければならないのに、
ただ皇帝を振り回しているだけの印象しか残らない。
ニコライを演ずるラース・アイディンガーは、まあまあの出来。

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監督は「爆走機関車シベリア・デッドヒート」で
ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞にノミネートされたこともある
アレクセイ・ウチーチェリ

5段階評価の「3.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/u1DCqYV1MaA

ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。

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ニコライ2世は、
皇太子時代に世界旅行を敢行し、
1891年には日本にも立ち寄っている。
ピエール・ロティの「お菊さん」を知っていたため、
滞在中日本人妻を娶りたがったが、
「復活祭直前のキリスト受難の週がはじまっているというのに、
こんなことを考えているとは何と恥ずかしいことか」
と反省して自重したという。
色ボケと真面目が混在した人物のようだ。
長崎の町をお忍びで探索したりしており、
長崎の印象について日記の中で
「長崎の家屋と街路は素晴らしく
気持ちのいい印象を与えてくれる。
掃除が行き届いており、
小ざっぱりとしていて彼らの家の中に入るのは楽しい。
日本人は男も女も親切で愛想がよく、
中国人とは正反対だ」
という感想を書いている。
長崎、鹿児島、神戸、京都を通り、大津に入ったが、
ここで警察官津田三蔵巡査が
人力車に乗っていたニコライ皇太子にサーベルで斬りかかり、
右耳上部を負傷させた。(大津事件

実物のニコライ2世の顔は↓。

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バレリーナとの恋に狂うようには見えないが、
これは46歳の時の写真で、
30歳の時の写真は↓。

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なかなかいい男である。

26歳で即位し、
皇帝としては凡庸でも、
家庭人としては良い人だったようで、
結婚生活は23年に及び、
1男4女を授かった。
ロシア革命が起こり、
元皇帝一家7人は一緒に銃殺された。(ニコライ50歳)
これにより、ニコライの血筋は途絶えると共に、
300年余り続いたロマノフ朝は滅んだ。

この時、4女のアナスタシア元皇女が生き延びたという噂があり、
後にアナスタシアの偽物が沢山登場することになる。

ソ連崩壊後の1994年、遺体が発掘され、
1998年、サンクトペテルブルクの
ペトロパヴロフスキー大聖堂に埋葬された。
2000年、ロシア正教会において
家族や他のロシア革命時の犠牲者とともに列聖された。

2008年、ロシア最高裁判所にて
「根拠なしに迫害された」として
名誉回復の裁定が下された。

マチルダとニコライの愛人関係は
1892年からで、(マチルダ20歳、ニコライ24歳)
その愛人関係をお膳立てしたのは、
実は皇帝アレクサンドル3世と皇后マリア・フョードロヴナだった。
1894年のアレクサンドル3世崩御と、
ニコライとアレクサンドラ・フョードロヴナの結婚によって
2年間で幕を降ろした。

アレクサンドラ・フョードロヴナの写真↓。

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マチルダの写真↓。

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ニコライ2世の即位後、
醜聞と噂がマチルダを取り巻くようになり、
様々な貴族と浮名を流した。
映画では触れていないが、
ロシア革命後、マチルダは南仏リヴィエラへ逃れ、
パリへ移った1921年(49歳)にアンドレイ大公と結婚した。
1929年(57歳)から、
マチルダは自身でバレエ学校を開き、
マーゴ・フォンテインらを教えた。
彼女が観衆の前で最後に踊ったのは、
コヴェント・ガーデンで行われた慈善イベントの時で、
64歳であった。
長寿で、99歳、
1971年12月6日、パリで亡くなった。
やはり、女の方がしたたかだ。



タグ: 映画



2018/12/13  8:00

投稿者:さすらい日乗

大津事件については、勝新太郎の主演で1962年に『鉄砲安の生涯』として映画化されていて、結構面白い映画でした。

http://sasurai.biz

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