映画『ガンジスに還る』  映画関係

[映画紹介]

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インド人の死生観を描いて、
どの文化の者にも通じる普遍性を持つ佳作。

子供の頃の母との思い出を表す夢を立て続けに見て、
自らの死期を悟った高齢の父ダヤは、
ガンジス河畔の聖地バラナシへ行って死ぬのを待つ、
と家族に宣言する。
家族は反対したが、決意を曲げない父に、
仕方なく、息子ラジーヴが会社を休んで付き添うことになる。
バラナシで二人が住むのは、
死に向かう時をすごす人々が集う施設「解脱の家」。
そこで父と子は、人生の最後の時間を共に過ごす・・・

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バラナシは、ヴァーラーナシー、ワーラーナシー、
ヴァーラーナスィーとも表記される。
英領植民地時代に制定された英語表記のBenares の誤読により、
ベナレスとも日本語では称される。

ヒンドゥー教徒は、
バラナシで火葬されて、
ガンジス河に遺灰を流してもらうと
輪廻から解脱できると信じられているため、
インド各地から
多い日は100体近い遺体が
金銀のあでやかな布にくるまれ運び込まれる。

また、インド中からこの地に集まり
ひたすら死を待つ人々もおり、
ムクティ・バワン(解脱の館)という施設で、
家族に見守られながら最後の時を過ごす。
ここでは24時間絶えることなく
ヒンドゥー教の神の名が唱えられており、
亡くなる人が最後のときに
神の名が聞こえるようにと配慮されている。

しかし、映画で描かれる解脱の家は、
死を待つ人々でさぞ静謐な場所と思えば、
食事は自分たちで作らねばならず、
味に文句も出る。
洗濯もしなければならないし、
教義をしっかり学習しているわけではなく、
休憩室ではテレビドラマをみんなで見ている有様。
つまり、日常と同じことが繰り返されるのだ。
ルールもあいまいで、
期限は15日とされていながら、
15日を越えると、
名前を変えれば、延長が許されるという、インド的いい加減さ。
中には夫と共に入居して、
夫は先立ったが、
そのあと、18年も滞留している夫人がいる。

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原初の生活のように見えながらも、
ITの波は押し寄せて来て、
ラジーヴにはスマホで頻繁に電話が入るし、
ネットカフェで娘とテレビ電話をしたりする。
ラジーヴは長期仕事を離れていたため、客を逃がしてしまう。
やがて、妻と娘もやって来て、
家族全員が解脱の家で団欒を過ごすという光景も現れる。

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そういう日常の煩瑣なことに煩わされながら、
父と子は濃密な時を過ごす。
父が死にそうになり、
最後の別れの言葉を涙ながらに交わしながら、
死なずに日常が延長されたりもする。

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河べりに坐って、
「生まれ変わっても同じ家族になりたい」
という息子に対して、
「また人間にはなりたくない。
自分はライオンに、いや、カンガルーに生まれ変わりたい。
そうすれば、いろいろなものをポケットに入れられるから」

という父子の会話が麗しい。
死を前提としての親子の会話。
日本でそんなことが出来るのは、
不治の病にかかった父と子の間くらいだろう。
それは、病気による強制的離別だが、
映画で描かれるインドのそれは、
自然の変転に身を委ねた、
長い長い悠久の歴史の中での一コマに見えてくる。

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生まれ、結婚し、子供を生み、
子孫を残してこの世から去って行く。
そして、忘れられていく。
その何千年何万年も前から繰り返されてきた人間の営みを
雄大なガンジス河のほとりのバラナシの解脱の家での
家族の絆の中で描く本作は、
日本人の心にも共鳴しあう、
美しい映画だ。
深刻な内容だが、
終始ユーモラスな視点で描かれるのも好感が持てる。

息子ラジーヴ役のアディル・フセイン
父ダヤ役のラリット・ベヘルが好演。

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ベヘルはプロデューサーや監督としても活躍する才人。
監督・脚本のシュバシシュ・ブティアニ

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1991年生まれの現在27歳で、
これが長編デビュー作というから驚く。
20代で、このような人生に透徹したドラマを作り出すのだから、
並の人ではない。
さすが、サタジット・レイを生んだ国だけのことはある。

5段階評価の「4」

岩波ホールで12月14日まで上映。

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/e7xg4bMys90


私がインドでバラナシに訪れた時の旅行記は、↓をクリック。

沐浴風景

プージャーの儀式

タグ: 映画



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