やっと記念誌に  

昨日は家で休ませていただきました。
今日は午前中教会に行き、午後から事務所へ。
ようやく記念誌の「組合の歴史」に取りかかりました
さかのぼる形でやっていますので、
今日は平成18年、16年、15年の3年分をやりました。
17年の分はテスト版で既に作成済み。

しかし、なかなか大変ですなあ、これは。
この数年の分は記憶が確かだからいいですが、
もっと前になると、
各行事の意義まで書けるかどうか。
しかし、この数年間の歴史をやると、
いろいろ思い出します。
やはり、人に任せられる作業ではありません。

夜は舞浜の映画館前でかみさんと娘と待ち合わせて、映画。
ケータイを忘れたので、
連絡ができず、往生。
公衆電話を探しても、ありません。
インフォメーションの人に聞いて隅の方でようやく発見。
下の写真の題名は「可哀相な公衆電話」

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ケータイが普及した今、
かけている人はほとんど見ませんが、
今日などはありがたみがわかりました。
あれはケータイを忘れたり、電池切れの人のためにあるんですね。

[書籍紹介]

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先の直木賞の候補作。
結果は「受賞作なし」で、
確かにこれでは取れんだろうと思いますが、
でも、悪くはないです。

おさななじみの3人の中年女性の心の交流を描いて味わい深い作品です。
少女の時の感じかたと、
40歳を過ぎて初めて感じるものとでは大きく違い、
人生というものは、
やはり過ぎてみないと意味がわからないものです。

章ごとに中心人物が交代し、
3人の女性の娘や夫などの視点で重層的に描きます。
章のつなぎは、必ず何かを手渡すシーンで、
手渡されることで、
次の登場人物が物語を進める役を担う、という構造。

中で印象的なシーンは、
玲という娘が自分の父親が本当の父ではなかったことに気付いた時、
母の友人が玲に話す場面。

「あなたがまた小学生の頃よ。
人が一杯だった。
気がついたらね、小さいあなたが、一生懸命な顔して、
日高さんのジャケットの裾をしっかりつかんでた。
お父さんと、はぐれちゃいけないと思ったのね」

「日高さん、いった。
<<自分の生きてた意味が、その時、見えた>>って。」

「そういうことって、小さい子供にしか出来ないかもしれない。
<<こんなに信じてくれるものがいる>>と思って、
あなたを拝みたくなったそうよ。」

「そういう一瞬を、与えてあげただけで、
あなた、もうお父さんに、
十分過ぎるほど恩返ししてる」


題名は、紙を切って人の形を作って川に流す風習のこと。
災いをひとがたに移して流す場合と、
願い事を書いて流す場合とがあるらしい。

さて、明日は偽装牛肉事件控訴審の第2回
大阪にトンボ帰りで行ってまいります。
余裕があれば、その夜のうちにレポートをします。
帰りが遅かったら、翌日にさせて下さい。



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