小説『宇喜多の楽土』  書籍関係

今日は、午後から神宮前、つまり、原宿に出掛け、

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ビルの地下へ。

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このホールでコンサートです。

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昔、私はクラシックの演奏家たちと交流した時期があり、
その流れの人々の演奏会。

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音楽というものは、
「無」から「有」を誕生させる仕事で、
その瞬間に立ち会う思いをしました。


[書籍紹介]

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「宇喜多の捨て嫁」で、
戦国時代の中国地方の武将、宇喜多直家を描いた著者が、
その息子宇喜多秀家を主人公にしたのが本編。

「宇喜多の捨て嫁」の本ブログでの感想は、↓をクリック。

「宇喜多の捨て嫁」

直家の死で、わずか11歳で家督を受け継いだ秀家が、
父の遺志を継いで、干拓に力を注ぎ、
民衆の安堵を求め、「楽土」を作ろうと努力する。
しかし、戦国の世は、そんな理想の実現は許さず、
隣の毛利家の脅威に常にさらされ、
秀吉に重用され、いやいや朝鮮出兵に付き合わされ、
家臣たちの不統一に悩まされ、
豊臣政権の五大老となり、
秀吉の死後、政争に巻き込まれ、
関が原では秀吉への忠義を貫いて西軍に与して敗走、
人々に助けられて命拾いした後、
八丈島に流され、流人としての生活をするところまでを描く。

秀家の人となりは、温厚で優しい人物として描かれている。

秀家の肖像画↓に見られるように、
知的なインテリである。

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たとえば、落ち武者狩りで捕まった武士を
密かに短剣を渡して逃がしたりする。
秀吉の養女、豪姫とのむつまじい夫婦関係も心地よい。
だが、戦国時代を生き延びるには、
冷酷さが欠けており、
それは従兄の宇喜多左京亮と対照的で、
常に左京亮の存在に脅かされる。

そして、秀吉晩年の愚かしさや、
徳川家康の腹黒さや小早川秀秋との確執に翻弄される。

「宇喜多の捨て嫁」のような強烈さはなく、
温和な武将の生涯としては、平凡な描き方。
最後に八丈島で「楽土」のような生活を送るが、
それも個人的な安寧であって、
宇喜多の地と民の安寧とはほど遠い。

戦国時代に生を受け、
二代目武将として生きるには、
あまりにも優しい人格の悲劇
ともいえるもので、
そうした切り口が鮮明に描かれたら、
もっと面白い読物になっただろうが、
全体的に平凡な印象。
主人公の魅力も欠け、
話も歴史的事実に則しており、
読む気持ちがあまり進まなかった。

秀家の悲劇は、
徳川家康に
「流れには、抗わぬ方が身のためですぞ」
と忠告されながら、
「この生き方は変えられませぬ」
と言った一途さで、
戦国時代を生き延びるには、
生まれた時代が違ったとしかいいようがない。

それにしても、戦国武将の生き様は
権謀術数に次ぐ権謀術数と、
陰謀と裏切りへの猜疑心ばかりで、
平安とはほど遠い。
まだ法治国家にはなっていないから、
権力者の一存で命も奪われ、
家の安泰のために無理難題も断れない。
あの時代に生まれなくてよかった。

なお、秀家は関が原を戦った武将の中では
最も長生きをし、
没した時は83歳で、
既に徳川4代将軍家綱の治世だった。
なにしろ、八丈島には50年も在住
元和2年(1616年)に刑が解かれ、
前田利常から10万石を分け与えるから
大名へ復帰したらどうかとの勧めを受けるが、
秀家はこれを断って八丈島に留まった、とも言われる。
まさに秀家にとって、八丈島は楽土だっだのだ。

豪姫は、こう言う。

「豪も、いつの日かお館様と──
八郎様と平穏な暮らしを送りたいと思っていました」

今度は、キリシタンでありながら、
殺戮の限りを尽くす宇喜多左京亮
主人公にした作品を書いて、
「宇喜多三部作」としてほしいものだ。

「宇喜多の捨て嫁」に続き、直木賞の候補になったが、
受賞には至らなかった。
選考委員の評は、辛い。

北方謙三
殿様の甘い理想と、血で血を洗う時代の峻烈さが、
うまく絡み合っている。
理想の非現実性が扱われているが、
それが切実なものとして迫ってこないのが、
小説的欠点ではないだろうか。
秀家の楽土は、流された島であろう。
それが幕藩体制のなにを照らし出したのか、
そんな物語を読んでみたかった。

宮城谷昌光
読後感にはいくつか不満があった。
小説内の事象が増大したものの立体化しなかったといううらみがある。
また歴史小説としての風趣もけっして佳いとはいえない。
とはいえ、この種の小説を書くために、
どれほどむだなことを学ばなければならないかと想えば、
作品を評する場合、かんたんに否とはいえない。
私は真摯に努力する人の味方になりたい。

浅田次郎
どうして時代にそって書いてしまったのだろう。
平穏な島暮らしをフレームとした懐旧譚ならば、
けだし傑作になりえたろうにと悔やまれた。

桐野夏生
史実を忠実に追っているだけで、
「宇喜多の捨て嫁」のように、
自由闊達に想像され、動き回る人物がいないのが寂しい。
これは余計なことだが、
八丈島で暮らした秀家の人生を描いた方が
面白かったのではないだろうか。

東野圭吾
前作に比べると全体的にインパクトに欠ける。
主人公をはじめ、登場人物たちに魅力が乏しい。
エピソードも小粒で、歴史的事実を超える面白さがない。

林真理子
達者な書きっぷりと宇喜多への愛は、
とうに当選圏内なのであるが、
今回はあまり魅力を感じなかった。
主人公の優しさが、次第に歯がゆいものとなっていくのである。

高村薫
外連味が身上の時代小説の小説作法と、
華々しさに欠ける宇喜多秀家という題材のミスマッチが、
小説の完成度の低さにつながったのかもしれない。

宮部みゆき
「宇喜多の捨て嫁」があまりに斬新で力強かったので、
「楽土」は(技術的にはさらに成長しておられるのですが)、
優等生的にまとまって見えてしまい、
強く支持することができませんでした。

伊集院静
この時代の小説の総論を読まされている気がして、
以前のような氏だけが持つ
破天荒な歴史観が影をひそめているように思えた。





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