小説『架空通貨』  書籍関係

[書籍紹介]

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元商社マンで信用調査に従事していた辛島武史は、
現在は私立高校の社会科教師をしている。
夏休みのある日、教え子の黒沢麻紀が訪ねて来る。
何か悩み事があるような様子で、社債について質問した。
翌日、麻紀の転校届けが提出される。
麻紀の父が経営する黒沢金属工業が不渡りを出し、
今までのような通学が出来ないことによるものだった。

黒沢家を訪ねた辛島は、
麻紀が父親の会社を救うために、
田神亜鉛という会社を訪ねて行ったことを知る。
田神亜鉛から黒沢金属に押しつけられた社債の
期限前償還の交渉に行ったのだ。

辛島は麻紀の後を追い、田神町を訪れる。
そこは、田神亜鉛の企業城下町で、
町の経済は田神亜鉛に依存している。
町には、「田神札」(たがみさつ)という地域振興券が流通し、
それを互いに押しつけあっているのだ。
最近、田神町では倒産企業が増加しているという情報も得る。

辛島は麻紀と共に期限前償還の交渉をするが、
そこに出て来たのは、田上亜鉛のコンサルタントと称する
加賀翔子という女性だった。
辛島は田神亜鉛の決算書の分析から
ある提案をするのだが・・・

題名の「架空通貨」とは、
この田神町だけで流通する「田神札」のことを指す。
まだ「仮想通貨」の存在も言葉もない時代の小説である。
発表時「M1」という題名だったが、
文庫版にする際に題名を変更。
「M1」とは、通貨供給量のことで、
田神札がどれだけ印刷され流通しているかが焦点となる。

「この振興券は、暴走しています。
一部の者の利益のために、
刷って刷って刷りまくられている。
通貨で喩えるなら、
いまの状況は極端なハイパー・インフレだ。
この金、掴んだら負けですよ」


小説は辛島の調査により、
企業買収、計画倒産、マネーロンダリング、
貨幣経済にまで範囲が広がり、
思いがけない結末を迎えるのだが、
その過程で、辛島の昔、信用調査をしていた時の
調査分析力が発揮される。

背景にあるのは、「金」の持つ魔力で、
繰り返し強調される。

「お金というのは権力の象徴なのよ。
その権力とは、何の価値もない紙切れに意味を持たせ
人を動かす魔法のことなのよ」


ことの真相が明らかになった時、
虚しさを感じる辛島の述懐。

それは、これらの一連の出来事が
元をただせば全て「金」に帰結するからではないか。
金のために生き、裏切り、殺され、恨みを抱く。
金があるということ。
金がないということ。
金を中心とした価値観、経済観念が
人々の心にこれほど深く根付いてしまっている
現代社会の歪みがそこにあるからだ。
金は、この世の共通言語である。
結局のところ、薄っぺらで自分の世界の無い人間たちにとって、
最も手っ取り早く、
そして分かり易い自己実現が金なのだ。


「貨幣」の破綻が発覚した時の、
企業城下町の終末の描写はすさまじい。

スケールが大きい経済小説で、
ミステリー色も十分あり、
登場人物の造形も魅力もたっぷり。
この作品で江戸川乱歩賞に応募したら、
間違いなく当選だろう、
と考えて、その考えが馬鹿なことに気づいた。
この小説、
「果つる底なし」(1998)で江戸川乱歩賞を取った池井戸潤
受賞後第1作(2000)なのだ。
長編第2作で、これほど重厚で幅広い題材をものにするとは、
やはり江戸川乱歩賞受賞はダテではない。
しかも、その後の「仮想通貨」のあやうさにも通じる、
時代を先取りしたものと言える。




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