バルカン半島旅行記Cスコピエ  旅行関係

この旅、2つ目の訪問国は、マケドニア共和国↓。

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マケドニアといえば、
歴史的には、
アレクサンドロス大王を出した古代マケドニア王国を想起。
その版図は↓。

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現在のギリシャ、ブルガリアの一部と、
マケドニア共和国の全部の
3つの国の領土に分れています。
南部を占めるギリシャがおおよそ50%、
マケドニア共和国が北西部40%、
ブルガリアが北東部10%。

ユーゴスラビア分裂の際、
この40パーセントの地域が
マケドニア共和国として1991年に独立。

しかし、古代マケドニア王国の領地が自国にあるギリシャは、
「本来のマケドニアはギリシャである」と主張し、
この国をマケドニアと呼ぶことを嫌い、
古代マケドニア王国の旗である「ヴェルギナの星」を
国旗↓とすることに強く反発しました。

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このため、マケドニア共和国は
国際社会から承認を受けることが遅れ、
1993年に妥協案として
国際社会向けの暫定呼称を
「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」として
国際連合に加盟。
ただ、ギリシャはその後も
マケドニアの国号を改めるよう要求しています。

これは国名に対する難癖ですが、
1995年に制定された現国旗↓にも難癖がつけられています。

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それが↓の写真。

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この国旗に対して、
韓国人が
「日本の旭日旗と似ている」として、
「マケドニアの旭日旗使用に抗議しよう!」
と訴えるサイトまで存在したといいます。

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韓国では少しでも旭日旗↑を思わせるデザインを使えば、
大企業やK−POPスターであっても
たちまち総攻撃に遭う状況。
まさに「病気」と言っていい状況です。

ついでながら、最近の新聞記事↓。

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韓国国会の丁世均(チョンセギュン)議長が
6月7日に来日し、8日に大島理森衆院議長らと会談した際に、
2018年平昌冬季五輪への日本人観光客訪問を求め、
「もし少なかったら2020年東京五輪には
1人の韓国人も行かせない」
と述べたことが、
複数の同席者の証言で分かったといいます。

そして、韓国の経済状態がよくないことを指摘し、
「日本は景気がいいのだから、
査証(ビザ)を簡素化して、
韓国の若者を日本企業で引き受けてほしい」
と要求。

さらに歴史問題にも言及し、
先の大戦で旧日本軍の兵士・軍属として終戦を迎え、
いわゆる「BC級戦犯」とされた韓国人への
戦後補償についても
「ちゃんとやってほしい」
と取り組みを求めたといいます。

あきれませんか?
まず、すべきは、
平昌冬季五輪が魅力あるものにすること。
そうであれば、
日本人であろうと、欧米人であろうと、
沢山来場するはず。
それを、
「お前たちが来ないと、こっちも出さないぞ」
と恫喝。

景気の問題も、
自国の経済対策のツケを
他国に負わせようとしています。
しかも、上から目線で。

戦犯問題など、
1964年の日韓基本条約で解決済みでしょう。

偏狭な歴史認識と、
「日本に対しては何をしても許される」という
勘違い。

こんな人物が国会議長とは。

話を戻して、
マケドニアの人口は206万人
マケドニア人が64.2%、
アルバニア人が25.2%、
トルコ人が3.8%、
ロマ人が2.7%、
セルビア人が1.8%、
その他が2.3%。(2002年時点)

宗教は正教会が70%、イスラム教が29%、その他が1%。

通貨は、マケドニア・デナール。

泊まったホテル。

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窓からの景色。

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その日の夕食。

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スープとサラダ、

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そして肉とじゃがいも。

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味付けは甘め。

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首都スコピエの観光に出掛けました。

城塞

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11世紀に建てられたもの。

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バルカン半島は

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大きな国の侵略に次ぐ侵略の歴史です。

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それだけに城塞は重要。

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武器が残っています。

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そして、イスラムの建物と

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キリスト教の建物が混在します。

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これは、聖スパス教会
18世紀前半に建造。

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オールドバザール

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朝早かったので、
お店はまだ開いていません。

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これは、商人宿

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中東でいえば、キャラバン・サライ。

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町の中心街には、

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様々な銅像が立ち並びます。

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「スコピエ2014」という都市開発プロジェクトによるもの。

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市民の方も、何の像か知らないのだとか。

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ヴォドゥノ山頂に立つ
高さ66mの十字架。
世界最大級の十字架です。

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これが、「カメンモスト」と呼ばれる、
ヴァルダル川にかかる、大きな石の橋

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橋を渡ると、

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マケドニア広場に。

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ここに立つのが、
アレキサンドロスの像。

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この広場で、
ユーゴスラビアからの独立が宣言されました。

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犬は放し飼い。
ずっと私たちについて来た犬もいました。

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観光の最後は、
マザーテレサ博物館

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その前のテレサ像。

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足に口づけするのか、光っています。

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館内には、マケドニアの民家が再現されており、

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マザーテレサに関する写真や
身の回り品、出生証明書などが展示されています。

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実は、
マザー・テレサ(1910年8月26日〜1997年9月5日)は、
本名をアグネス・ゴンジャ・ボヤジュといい、
ここはスコピエに生まれ、
18歳まで過ごした
のです。

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インドのコルカタ(カルカッタ)での
貧しい人々のための活動は、
世界中の人々を感動させました。

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特に、「死を待つ人々の家」は、
1952年に設立された、
貧困や病気で死にそうになっている人の
最期を看取るための施設です。
道端で死ぬのではなく、
最後の人間の尊厳を守って亡くなるための施設。

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様々な賞を受けていますが、
その最高峰が1979年に受けたノーベル平和賞です。

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授賞式の際にも特別な正装はせず、
普段と同じく白い木綿のサリーと
皮製のサンダルという粗末な身なりで出席。
賞金19万2千ドルは
全てカルカッタの貧しい人々のために使われることになった上、
授賞式の場においては、
「私のための晩餐会は不要です。
その費用はどうか貧しい人々のためにお使い下さい」
と言い、
賞金を受け取った時、
「このお金でいくつのパンが買えますか」
と問うたといいます。

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インタビューの中で
「世界平和のために私たちはどんなことをしたらいいですか」
と尋ねられたテレサの答えは、
「家に帰って家族を愛してあげてください」
というものでした。

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テレサの葬儀は、
インド政府によって国葬として行われました。

テレサの死後すみやかに列福・列聖調査が始められ、
2003年、福者に列福、
2016年、聖人として宣言されました。
異例の早さでした。
列聖はキリスト教徒として最大の栄誉ですが、
本人がそれを喜んだかどうかは、不明です。
(なにしろ、亡くなっていますから)

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3階は礼拝堂になっています。

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スコピオを発ったバスは

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こんな景色を見ながら、

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次の訪問地、オフリドに向かいます。

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