演劇『60’sエレジー』  演劇関係

ネット不通の先週19日、
間野記念館で絵を観た後、
新宿御苑前に移動。

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サンモールスタジオへ。

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すぐそばに、シアター・サンモールというのがあり、

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座席数294の劇場ですが、

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こちらは、座席数100足らずの小劇場。

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昔はこうしたところでよく芝居を観ましたが、
小劇場で観るのは、おそらく10年か15年ぶり

時間が早かったので、
近所のカフェでお茶を飲み、
開場10分前に行くと、
行列ができています。

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行列が動き出し、

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階段を降りると、

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狭いロビーが。

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予約してあったので、名前を告げてチケットと
番号札をもらいます。

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中の様子。拝借した写真。

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今日の芝居は、
劇団チョコレートケーキ「60'sエレジー」

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1960年代の日本の庶民の生活を描く作品。
新聞の演劇評を読んで、
すぐネットで予約しましたが、
当日は満員でした。

昭和35年(1960年)の東京。
小林清の経営する蚊帳工場に
東北から15歳の飯田修三が
住み込み従業員としてやって来る場面から始まる。
まさに中学を卒業して、
東京に集団就職してきた「金の卵」。
勉強が好きな修三を清は夜間高校に通わせ、
大学まで行かそうとするが、
工場の内実は火の車だった。

というのも、東京の住宅事情が変わり、
蚊帳は売れなくなっていたからだ。
納品している寝具店からは
たびたび仕入れの減少を言い渡されている。
行き詰まった工場を打開するには、
人員削減をしなければならないが、
先代、先々代から勤めている
職人の越智武雄の首を切るわけにはいかず、
修三を雇い入れた以上、
最後まで責任を持たなければならない。
やむなく清の弟の勉が自ら申し出て、
工場を去ることになる。

丁度日本は高度成長の真っ只中で、
道路工事や建設工事の現場で働いた勉は
おかげで所帯を持つことができる。

1964年、東京はオリンピックに沸き、
景気はよくなり、
住宅は次々と建てられていたが、
網戸の設置などで蚊帳の需要は急激に落ち込んでいった。

寝具店からは再度仕入れの削減が言い渡され、
仕方なく武雄はまだ需要のある関西の蚊帳工場に移っていく。

大学まで進んだ修三は、
学生運動にかぶれてデモに出かけ、
警察の世話になる始末。

蚊帳工場はついに持ちこたえられなくなった。
清は妻の悦子の実家の牛乳店を手伝うことになり、
修三も誘うが、修三は大学を続けたいと断る。

そして、昭和45年(1970年)、修三も家を去り、
工場は売られ、アパートが建てられることになる・・・。

という、10年間の物語。

舞台は一つ。
小林家の茶の間。
下手に蚊帳工場への入り口があり、
続いて路地へ続く戸口、
上手に家の表玄関。
そこを清、悦子、勉、修三、
武雄、寝具店社員の松尾、
隣人の紙芝居屋の茨城実たちが出入りして
物語は展開する。
紙芝居も当時普及し始めたテレビによって、
その居場所を無くした職業だ。

プロローグとエピローグに刑事と警官が登場するが、
主な登場人物は7人で、
小劇場らしい、濃密な芝居が展開する。

蚊帳工場に設定したのが秀逸で、
日本の社会が高度化されるのに伴い、
必然的に落ちこぼれる斜陽産業だからだ。

弟の勉や幼なじみの実たちには、
早く工場をたため、と勧められるが、
清が逡巡するのは、
先代先々代から勤めてくれた武雄と、
集団就職で雇った修三に対する責任からだ。
一端雇い入れたからには、
その生活に責任を持つという、
当時の中小企業の社長の心意気が伝わって来る。
その上、子どもがいない清夫婦にとって、
修三はわが子にも等しい存在になっていたのだ。
この修三を思いやる
夫婦の会話が泣かせる。

1960年から70年という、
日本の社会が大きく変貌を遂げた時代に
成長から外れた、
というか、
成長により振り落とされる産業の中の人々の生活。
蚊帳工場だけでなく、
沢山の町工場が倒産していった。
日本人の意識も変わり、
便利さを求め、豊かになることを追求した時代に
失われていったものは沢山ある。

7人の登場人物は、
誰もが他者を思いやり、いたわり合い、
いざとなれば、自分が犠牲になることをいとわない。
そういう当時の庶民の中にあった温かさが舞台にはあふれる。

私もあの時代を生きた人間だから、
その雰囲気はよく分かる。
劇団は当然世代も違うが、
若い人たちが
当時の良いところをよく理解していることに驚いた。

特に、蚊帳職人の武雄が
関西に都落ちしていく場面、
工場の入り口で中を感慨深げにながめるあたりで、
おもわず落涙した。
それ以外にも胸を打たれる場面が沢山あった。
私は修三とは、わずか3つ違いだ。

時代の変化と共に、得たもの、
失ったものを描いて哀切な舞台、
まさに「エレジー」(挽歌、哀歌、悲歌)であった。

結末は意外に苦いものがあるが、
最後に小林家の最も明るく喜ばしい時、
修三の大学合格のシーンを起き、
工場跡地に輝く瞬間が
残存していることを示す構成も心地よい。

配付されたパンフレットに、
観客の世代ギャップを埋めるために
語句説明が書かれていたのが興味深い。
解説された語句は、
蚊帳、紙芝居屋、高度経済成長期、
金の卵、東京オリンピック、
三種の神器、新三種の神器、学生運動
・・・

失われた時代を回顧する
温かさに満ちた芝居だった。
映画にしてもよいのではないか。




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