小説『春に散る』  書籍関係

[書籍紹介]

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アメリカの国道1号線、ルート1は、
カナダとの国境を起点とし、
ボストン、ニューヨーク、ワシントンを経てマイアミに至る。
そして、更に南に進み、島々を渡って、キーウェストを終点とする。
キーウエストには、アメリカ合衆国最南端の地点がある。

そのキーウエストに向かうタクシーに乗った
一人の日本人の描写から始まる。
広岡仁一という60代半ばの男は、
キーウエストのスポーツ・バーで
ラスベガスで行われているボクシングの試合を見る。
マーカス・ブラウンという18戦8勝16KOの
世界チャンピオンを狙う黒人の
対戦相手は、トシオ・ナカニシという日本人。
マーカスの実戦のカンを鈍らせないための
「咬ませ犬」として選ばれたのだ。
広岡は試合を見ていて、
ナカニシの戦法がジョージ・フォアマンと対戦した
モハメッド・アリとそっくりなのを見抜く。
そして、一瞬の隙をついたナカニシのフックで
マーカスは倒れてしまう。

その試合で、広岡の中に忘れていた過去が蘇る。
広岡は日本にいた時代、プロボクサーだった。
連戦連勝で世界チャンピオンを目指しながら、
一度の敗戦で日本を離れてアメリカに向かい、
アメリカで限界を感じて、転身、
ホテル業界で財をなした人物だ。

広岡はキーウェストの元灯台で
故郷キューバを眺める老夫婦の見ていた水平線に
日本列島の島影を見て、
日本に帰ろうと決意する。
40年ぶりの日本に・・・・

という滑り出しの快調さを最後まで持続するのが、この小説。
上下巻合わせて800ページになろうとする大作だが、
すらすらと読めて、2日で読了した。

朝日新聞に2015年4月から2016年8月まで連載し、
2017年に単行本化。
連載中の読者の反響がものすごく、
中でも婦人中高年の読者が多かったという。
うなずけるのは、
高齢の男たちの話で、
しかも哀愁に満ちた内容だからだ。

帰国した広岡は、
後楽園ホールのボクシングの試合を見、
そこでかつて所属した「真拳ジム」の後継者、
真田令子と再会する。
後日「真拳ジム」を訪問した広岡は、
近所の不動産屋でアパートを紹介してもらい、
不動産屋の事務員土井佳菜子の世話を受ける。

真拳ジムには、40年前、
「四天王」と言われた存在があった。
広岡仁一、藤原次郎、佐瀬健三、星弘の4人で、
ジムの2階で合宿をしながら友情を育んだ。
しかし、4人とも世界チャンピオンにはなれず、
今は行方が知れないという。

そこで広岡は様々なつてをたどって、3人に会いに行く。
藤原は傷害事件を起こして服役中。
佐瀬は田舎に戻り経営したジムが倒産して、落魄の生活。
星は覚醒剤にのめりこんだ後、女に救われて結婚、
妻の経営する小料理屋の2階に住んでいたが、
最近、妻に先立たれて途方にくれていた。

広岡は佳菜子と観たヨーロッパ映画の予告編で
年老いた音楽家を集めた老人ホームを知り、
ボクサーのための老人ホームが出来ないだろうかと思い、
その条件に合致した家を得て、3人を呼び寄せる。

その後、偶然知り合った若者・黒木翔吾に請われて、
ボクシングの技術を教え込む。

というわけで、
上巻は広岡の帰国と4人が生活を始めるまで、
下巻は4人で力を合わせて翔吾を強いボクサーに育て上げるまで、
となる。
4人はそれぞれの持っている必殺わざを
翔吾に教え込もうとする・・・
つまり、前半を元ボクサーの高齢化した悲哀、
後半は4人が40年前の叶わなかった夢を
一人の若者に託しての物語になる。

ここがこの小説が人気を呼んだキモだろう。

誰にも生きていて失った夢があり、
「何者にもなれなかった」という悔恨がある。
その夢の再生をかけて立ち上がる中高年のオジサンたち。
しかも広岡は心臓に問題を抱えており、
いつ死んでもおかしくない立場だ。
広岡の命が尽きる前に
翔吾の世界チャンピオンへの挑戦はなるのか。
果たしてその行方は・・・

作者の沢木耕太郎は「一瞬の夏」で、
プロボクサー、カシアス内藤の再起をノンフィクションで描いた方。
それだけにトレーニングの場面は正確だし、
試合のシーンは熱い。
その上沢木は、私と同じ年代。

広岡の述懐。

それにしても、
ボクサーはボクシングをやめたあと、
どう生きていけばいいのだろう。
とりわけ藤原のように
齢を取った元ボクサーは・・・。
もしかしたら、と広岡は思った。
世界タイトルを取ることのできた少数のボクサーを除けば、
老いた元ボクサーの多くが
藤原のように途方に暮れているのかもしれない。

更に、こう書く。

もしかしたら、
これは老いた元ボクサーだけの問題ではなく、
老いた元若者、
老いた元壮年の男の問題なのかもしれない。
老いをどのように生きたらいいのか。
つまりどのように死んだらいいのか。
たぶんそれは、
どのように人生のケリをつけたらいいのかということに
つながるものなのだろう。

4人が「あの頃」と言って話をすることについての星のセリフがなかなかいい。

「あの頃と言って、
何の注釈もなくて通じ合える相手がいるというのは、
実はとても幸せなことなんだ。
俺は女房が死んで初めてわかった。
女房が死ぬというのは、
ただそこから生身の女房がいなくなるというだけじゃないんだ。
女房と一緒に暮らしていた年月の半分が消える
ということなんだ。
あの頃は・・・と言って、
すぐに通じる相手がいなくなると、
あの頃というその年月の半分がなくなってしまうんだ。
いや、もしかしたら、
半分じゃなくて全部かもしれない。
だから、
俺たちのあのジムの合宿所での七年間ちよついて、
あの頃と言っただけで通じる相手が
まだいるということは
すごく幸せなことなんだよ」

ちょっと話がうまくいき過ぎていないか、
とケチを付けたくなるところもあるが、
これだけの長い小説を
遅滞なく一気に読ませる力量は確かなものがある。

一読をお勧めする。





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