『嵐が丘』  映画関係

〔旧作を観る〕

今日の1本は「嵐が丘」

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ブロンテ三姉妹の一人、
エミリ・ブロンテ↓(1818を1848)、唯一の長編小説。

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たった1本しか書かなかったのに、
それが「世界の三大悲劇」「世界の十大小説のひとつ」などと
評されているのだから、幸福もの。

「嵐が丘」初版の扉頁↓

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それだけの作品だから、映画化も沢山されており、
知られているだけでも、

1939年 アメリカ 監督:ウィリアム・ワイラー
           主演:ローレンス・オリヴィエ、マール・オベロン
1953年 メキシコ 監督:ルイス・ブニュエル
           主演:イラセマ・ディリアン、ホルヘ・ミストラル
           メキシコの砂漠が舞台
1970年 米英合作 監督:ロバート・フュースト
           主演:アンナ・カルダー・マーシャル、ティモシー・ダルトン
1986年 フランス 監督:ジャック・リヴェット
           主演:ファビエンヌ・バーブ、リュカ・ベルボー
           フランスの田舎が舞台
1988年 日本、  監督:吉田喜重
           出演:松田優作、田中裕子
           鎌倉室町時代の日本が舞台
1992年 イギリス、監督:ピーター・コズミンスキー
           主演:ジュリエット・ビノシュ、レイフ・ファインズ
2009年 イギリス、監督:コキー・ジェドロイック
           主演:トム・ハーディ、シャーロット・ライリー
2011年 イギリス、監督:アンドレア・アーノルド
           主演:カヤ・スコデラリオ

と多数ある。

そのうち、紹介するのは、
最初の映画化にして、極めつけの
1939年作品

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この頃は主演者も一枚看板ではなく、
複数で出ることが多かった。

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脚色者と原作者一緒に。

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監督は名匠、ウィリアム・ワイラー

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「嵐が丘」の元の持ち主だった
アーンショーは慈悲深い男で、
貧しい孤児を旅先で保護し、
ヒースクリフと名付けて実子同然に育てた。
アーンショーの娘キャシーはヒースクリフを愛したが、
跡取り息子であるヒンドリーは彼を憎み、
父の死後は馬丁として酷使した。

成長したキャシーは上流階級に憧れ、
裕福なエドガー・リントンに求婚されて有頂天になった。
キャシーは本心ではヒースクリフを愛しており、
承諾の返事も思い止まったのだが、
そうと知らないヒースクリフは館を飛び出し、
行方をくらました。

キャシーがエドガーと結婚した数年後に、
ヒースクリフは成功した金持ちの紳士として戻って来た。
復讐を誓ったヒースクリフは、
まず、ヒンドリーの借金を肩代わりすることで
「嵐が丘」の当主の座を手に入れた。
次にヒースクリフはエドガーの妹イザベラと結婚し、
同時にキャシーに愛を語り続けた。
悩み苦しんだキャシーはやがて生きる気力を失い、亡くなる。

次の世代の話は、
この映画では省略し、
キャシーを求めてさまようヒースクリフは
吹雪の荒野で死ぬが、
ヒースクリフと女の二人連れを見た人がいる。
愛し合うヒースクリフとキャシーは、
時の隔たりを超えてようやく一緒になったのだった。

という、なんだか下らない話に見えるが、
それがヨークシャー地方の
わびしく厳しいヒースの荒野の自然を背景に語られると、
何ともいえない香りが放たれる。

「アーンショウ家」と「リントン家」の2つの家で
三代に渡って繰り広げられる物語は、
複雑な構成で、
ストーリーの語り部が次々に変わるうえに
「また聞き」の形で描写されたり、
時系列が入り乱れて後日談や回想が入れ子状になっており
(そのために「嵐が丘」の出来事を
年代順に並べ直した書も出版されている)、
しかも主要な語り手がしばしば
「嘘(語り手自身の誤解や正しくない情報)」を述べる。
こうした手法は後世には巧みな「戦略」と評価されたが、
発表当時は「物語史上最悪の構成」とまで貶める評論家もいた。

映画の方は、
吹雪で道に迷ったロックウッドが、
「嵐が丘」と呼ばれる館に辿り着き、
館の家政婦エレンから、
「嵐が丘」にまつわる過去の悲劇を聞くという、
分かりやすい構成となっている。

ヒースクリフを演ずるのは、
ローレンス・オリヴィエ

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ロンドンの舞台からアメリカに招かれての第1作。
当時32歳。

キャシーを演ずるは、マール・オベロン

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共演者でありながら、
オリヴィエとオベロンは仲が悪く、
終始いがみ合っていた。
オベロンは
「オリヴィエが大嫌いだ。
キス・シーンなんて想像するだけでゾッとする」
と漏らしており、
オリヴィエは
「オベロンが気に入らない。彼女がどうしたこうした」
とロンドンの舞台に立っていた
愛人のヴィヴィアン・リーに手紙で愚痴をこぼしていた。
それを読んだヴィヴィアンはいたたまれなくなり、
舞台をすっぽかして大西洋航路の客船に飛び乗り、
大陸横断鉄道や航空路を経由して、
ロサンゼルスへやって来た。
その頃「風と共に去りぬ」が、
主役であるスカーレット・オハラ役の女優が決まっていない状態で、
アトランタの火災シーンから撮影が開始された。
その現場にヴィヴィアン・リーが見学に来ていた。
製作者の弟であるプロダクション・マネージャーが
撮影現場の見物人の1人であった
ヴィヴィアンの炎に赤く輝く横顔を見て
「スカーレットは決まりだ!!」と直感し、
思わぬ形でヴィヴィアンは大作の主役に抜擢された。

つまり、ローレンス・オリヴィエとマール・オベロンが不仲でなかったら、
ヴィヴィアン・リーは「風と共に去りぬ」の
スカーレット・オハラを演じなかった、
という、伝説

エドガー・リントン演ずるのは、デヴィッド・ニーヴン

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不仲であっても、ラブ・シーンは熱い。

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しかし、キス・シーンでは、
唇が触れ合わんとする時に、

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フフェード・アウト。

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この時代、まだそんな規制があったのか。

エンド・マークの後

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役名入りクレジットが出て、終わり。

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この頃の映画はみんなそうで、
今みたいに
エンドクレジットを延々と映すのは、
いつ頃からのことか。

アカデミー賞撮影賞を受賞。
他に作品賞、監督賞、主演男優賞(ローレンス・オリヴィエ)
助演女優賞(イザベラ・リントン役のジェラルディン・フィッツジェラルド)
脚色賞、作曲賞(アルフレッド・ニューマン)
6部門にノミネート

なお、原題の「Wuthering Heights」(ワザリング・ハイツ)の
「wuther」は「風がビュービューと吹き荒れる」を意味する語。
その「Wuthering Heights」を「嵐が丘」とした
斎藤勇の邦訳は「歴史的名訳」とされている。
この題名で文学的香りが高まった。

「嵐が丘」のモデルになった
ハワースの荒野にある「トップ・ウィゼンズ」の廃墟↓

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1969年に宝塚で舞台化
97,98年に再演。

↓の日生劇場版とは別。

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中継をWOWOWで観たが、
なかなか見事な脚色だった。
場面展開もあざやか。

ミュージカルにしたらどうか、と思ったら、
思い出した。
既になっていた。
↓がそれ。
題名は「ヒースクリフ」

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作詞はティム・ライス
作曲はジョン・ファーラー、
主演はクリフ・リチャード
クリフ・リチャードはイギリスのトップ歌手。

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1997年2月12日から期間限定で上演。

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あまり評判にはならなかったらしい。

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そのアルバムのジャケット。

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中のティム・ライスの挨拶に1995年7月とあるから、
どうやらアルバムが先で、
その後、舞台になったもののようだ。

おまけ。

中学のとき姉の国語の教科書で
「ビルマの竪琴」のシナリオを読んだ。
「映画というのは、こういうのを元に創ってるんだ」
と驚愕し、それからシナリオを読むようになった。
読むと、書きたくなるのが私の習性で、
勝手に作品を書いた。
その一つに「嵐が丘」の脚色、というのがあった。
中学2年生の時、
「嵐が丘」の脚本、書き上げた。

書きながら、ヒースクリフとキャシーは
愛を成就したからいいが、
置き去りにされたエドガー・リントンの立場はどうなる、
と生意気な疑問を持った。

あの原稿、今はどこにいったのか。
ワープロもパソコンもない時代。
確か大学ノートに鉛筆書きだった気がする。
貴重な思い出の作品。
とっとけばよかった。


タグ: 映画



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