古文書発見  身辺雑記

今日は昼頃、品川へ。

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親戚筋に新年の挨拶のため、
家族3人で出かけました。

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といっても、
結果は、ご覧のように、

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御馳走になるわけで、

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中トロや

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エビや

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すき焼きまで出て、

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おなか一杯。

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昔話の中で、
父と母に関する
「古文書」が出て来ました。

一つは、「軍艦長門記念写真帳」

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長門(ながと)は、大日本帝国海軍の戦艦で、
第二次世界大戦前は
日本海軍の象徴として親しまれました。

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1917年8月28日に起工、
1919年11月9日に進水。
完成後に連合艦隊旗艦となりました。
太平洋戦争開戦時の連合艦隊旗艦でもあり
連合艦隊司令長官 山本五十六大将が座乗していました。

この記念写真帳は、
第23代艦長の徳永栄艦長と共に
昭和14年(1939年)11月15日から
昭和15年(1940年)10月15日まで
長門に乗船したメンバーに
記念として配付されたもののようです。

当時、父は准士官(後に大尉)として乗船し、
連合艦隊司令長官・山本五十六中将(後大将)のお世話役を務めたそうです。

中表紙↓。

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山本五十六中将の書↓。

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山本中将、すっきりした顔をしています。

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戦艦長門の姿。

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その後、戦艦上での様々な光景が掲載されています。

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天皇陛下も来艦されました。

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最後に乗船者の階級ごとの記念撮影。
父はこの准士官の中にいます。

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終戦時、長門は
横須賀にて中破状態で残存。
稼動可能な状態で生き残った唯一の日本戦艦でした。
アメリカ軍に接収された後、
1946年7月に
ビキニ環礁で実施された原爆実験「クロスロード作戦」に
標的艦として投入され、
二度の核爆発により浸水が進み沈没しました。

ビキニ環礁での7月25日の実験光景↓。

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雲の根本の左部分に長門の姿が確認できます。


もう一冊の「古文書」は、
もっと古く、
昭和7年(1932年)3月に発行された
「静岡県立三島北高等女学校
卒業記念写真帳」


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三島北高等女学校(現静岡県立三島第一高等学校で共学)は、
明治34年(1901年)設立。
静岡県の良家のお嬢さんが通う学校として有名でした。
芸能人では、富士真奈美、長山藍子を輩出しています。

母は、昭和4年から7年まで通いました。
この写真帳はその卒業記念アルバムです。

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↓この写真は、
この年度の卒業アルバムに欠かすことの出来ないもの。
昭和5年(1930年)6月3日の昭和天皇行幸です。

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陛下をお迎えするために、
毎日掃除が繰り返されたそうです。

御野立所(おのだちしょ)の天皇陛下。

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天覧マスゲーム。
生徒たちは緊張したことでしょう。

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御野立所は、このように保存されます。

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お座りになった所も、このように保存。

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天覧裁縫授業

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優秀な生徒を選抜して実施。
母はその中に選ばれました。

その後は、思い出の行事の数々。

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最後にアイウエオ順の生徒の写真。

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みんな凛々しい顔をしています。

母18歳
父32歳
貴重な記念品。
正月早々、良いものを見せてもらいました。




2016/3/13  14:47

投稿者:大澤 

はじめまして。
今回、びっくりしました。徳永 栄さんは、私の遠い親戚です。私の母方が徳永です。当時の写真がなく
やっと栄さんに会えました。母は小さいとき長門が
西宮沖に停泊中、私の祖父と乗船したことがあります。
また、古文書発見したら見せてくださいね。
どうもありがとうございました。
大澤

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