『グレート・ビューティー/ 追憶のローマ』  映画関係

今日は、久し振りに「上京」
8月12日以来ですから、
2週間もの間、
浦安にこもっていたことになります。

まず、銀座に出て、

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次に豊洲へ。

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映画のハシゴです。
しかし、最近、あまり良い映画に当たりません。
その中で、
ようやく出会った秀作を紹介します。

〔映画紹介〕

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アカデミー賞外国語映画賞は、
受賞作のみならず候補作までハズレがない。
選考委員の炯眼に驚かされるが、
この2013年度アカデミー賞外国語映画賞受賞作
評判に違わず、よい出来だ。

作家兼ジャーナリストのジェップ・ガンバルデッラは、
65歳で、そろそろ人生の黄昏を迎えている。
40年前に書いた作品が大評判でベストセラーとなったが、
それ以来、新たな作品は発表出来ないでいる。
仕事は雑誌で芸術家へのインタビューなどをしているが、
辛辣な質問をして相手を怒らせたり、
仲間に対しても辛辣な批評をして恨みを買ったりもする。
それでもローマの社交界では有名人で、
俳優、アーティスト、実業家、貴族、モデルなどが集う
ローマの華やかなレセプションやパーティーを
毎晩渡り歩く日々を過ごしている。
しかし、内心では空虚な乱痴気騒ぎに飽き飽きしている。

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そんなある日、
忘れられない初恋の女性の訃報が届き、
その女性が、
ずっと自分のことを思い続けていたと知り、
衝撃を受ける。

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これをきっかけに
長い間中断していた作家活動を再開しようと決意し、
人生の価値を求めてローマの町を彷徨う。
名声を得ながらも、
埋められない孤独と虚しさを抱えた男が、
人生の旅の黄昏に悟った境地とは…?

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ローマという町は、
過去の栄光に満ちた町。
登場人物たちは、
かつてテレビで活躍した人や
没落した貴族など、
過去の栄光にこだわり、
未来に希望のない人たちだ。

ジェップの住むマンションは
コロッセオを見下ろす立地だが、
その立地そのものが主人公の立場を代弁している。
なにしろ、
40年前に書いた小説一本で今を生きているのだ。
仲間の一人は劇作家で、
その最後の舞台で
この年齢では過去にこだわることしかできない。
郷愁に満ちてどこが悪い、と言い張る。

物語は大きな事件も起きず、
ジェップとそれを取り巻く人物像を淡々と描く。
しかし、影を落とすのは、「死」であり、
希望の喪失だ。
その心象風景を描くのに
ローマほどふさわしい町はない。

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息子の写真を毎日撮り続け、
14歳からは息子が継続した莫大な顔写真を
展示する会場でのジェップの表情。
時々思い出される、
初恋の人とすごした海岸での光景。

そうした積み重ねが何とも言えない寂寥感を伝える。

終盤近く、アフリカ伝道の「聖女」の挿話が秀逸。
マザー・テレサを彷彿させる
しわくちゃのミイラのような「聖女」。
(よくこんな役者を見つけてきたものだ)
そのミイラに行列を作って拝謁する人々。
聖女のはいたサンダルがぶらぶらして脱げる。
その聖女を招いての晩餐会で
料理の講釈を垂れて顰蹙を買う美食家の枢機卿。
何でも料理の話に持っていこうとするのが笑える。
聖女が草の根しか食べないというのと対照的だ。
そして、聖女が口にする
「貧しさは語るものではなく、生きるものです」
という言葉。
土間に敷いた紙の上でしか眠れないという100歳を越えた聖女は、
ジェップの家の床で眠りこける。
うさんくさい聖女のエージェントの言動から
エセ聖人と思わせておいて、
最後にある「奇跡」を見せる手際の鮮やかさ。
その聖女の口を通じて
「どうして筆を折ったのですか」
と訊かせる。
ジェップにとっては最も手厳しい批判だろう。
ジェップを演ずるトニ・セルヴィッロ
自ら「俗物の王」と称するダンディな主人公を好演。
監督はパオロ・ソレンティーノ

私も人生の黄昏にさしかかり、
主人公の心象風景に様々なものが重なって見える。
やはりアカデミー賞外国語映画賞、
だてではない


エンドクレジットで
テベレ川の橋をいくつもくぐって
サンタンジェロ城に至る
クルーズの気分を味あわせてくれる。

5段階評価の「4.5」

予告編は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=RiICHx3jFPQ&feature=player_embedded


タグ: 映画



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