『巨鯨の海』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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先の直木賞候補作

江戸中期から明治初期における
和歌山県太地の古式鯨漁を描く6篇の連作短編。

「旅刃刺の仁吉」
子供時代、いじめにあっていた音松は
流れ者の刃刺・仁吉に助けられる。
刃刺とは、鯨に銛を打ち込む頭のこと。
仁吉には、別の漁場の鯨漁で
功を焦ったばかりに仲間を死に至らしめた過去があった。
長じて鯨船に乗るようになった音松は、
鯨の跳躍で海に投げ出された時、
再び仁吉によって助けられる。
仁吉の姿が消えた時、
元々太地を出たがっていた仁吉が
留まっていた理由を音松は初めて知る。

「恨み鯨」
徳太夫の妻の那与は病弱で、
余命いくばくもないと医者に告げられていた。
そんな那与に精を付けさせるため、
息子の末吉は獲った鯨の陰茎を持ち帰る。
医者は「鯨の陰茎の効能は分からないが、
朝鮮人参なら効くかもしれん」という。
しかし、高価すぎて手が出ない。
そんな時、鯨の腹から龍涎香(りゅうぜんこう)を盗んだ者が出た。
抹香鯨は体内で分泌された体液が他のものと混ざって結石化したもので、
高値で取引されている。
寄り合いで
今、申し出たら、今度だけは許す、
と言われても告白するものはいない。
そんな時、鯨が来た。
しかも、前に子鯨を捕獲された親鯨が復讐のためにやって来た「恨み鯨」だ。
荒れる鯨との死闘の中、
鯨にとどめを刺すために、海に飛び込んだ者がいた・・・

「物言わぬ海」
身体の弱い与一と耳の聞こえない喜平次は「二人で一人前」と言われ、
鯨獲りには従事せず、
鯨の骨や歯で細工物を作っていた。
ある時、鯨獲りの現場を見たくなった与一は、
喜平次らを誘って小舟で鯨獲の場に行き、
遭難してしまう。
それを救ったのは、
泳ぎが苦手だと思われていた喜平次だった。
その日から15年の歳月が流れ、
与一は刃刺に昇格していた。
太地では珍しい殺人事件が起こり、
流れ旅水主の魁蔵が殺された。
水主(かこ)とは、鯨船の漕ぎ手のこと。
魁蔵は町で喧嘩や揉め事の時には必ず介在していた困りものだった。
その殺人の下手人として、
与一は意外な人物の名前を聞いた・・・

「比丘尼殺し」
紀州新宮で娼婦や比丘尼の連続殺人が起こり、
岡引の晋吉が同心に呼び出される。
割かれた腹の傷口を見せられた晋吉は、
傷口が鯨取りの手形庖丁によるもので、
しかも左利きによるものだと告げられる。
顔を知られていない晋吉は
太地の鯨組に内偵に入るように命令される。
網を運ぶための鯨船に乗った晋吉は、
鯨の腹に突きたてられる銛を見て、不思議な感覚にとらわれる。
下手人の手がかりが左利きなので、
晋吉は、人々の手の動きに注視し、
内偵者と疑われ、
太地の男たちから暴行を受ける。
長須鯨の捕獲にたずさわった晋吉は、
とどめを刺すある男の左手に庖丁が握られていたのを見て、
下手人の目星をつける。
そして・・・
6篇中、異色の作品。

「訣別の時」
少し風変わりな感性を持つ太蔵は、
鯨の血を見ただけで嘔吐し、
将来を心配されていた。
兄の吉蔵は加那との婚礼を控え、
刃刺株ももらえることになっている。
そんな時、吉蔵は、
太蔵に寺に入ることを勧める。
拒否した太蔵は、
鯨船に乗ることを決意する。
母子の鯨を追った船団は、
母鯨の思わぬ反撃を受け、
吉蔵は頭を打って、半身不随の身になってしまう。
次兄の才蔵は上司に逆らったことで、
村の掟で決して刃刺にはなれない。
刃刺株の継承を願われた太蔵は、
鯨漁の際、鯨にとどめを刺すことを命じられる。
鮮血にまみれた太蔵は、
その時、刃刺の立場を精神的にも確立した。
やがて、才蔵が江戸に発つ時がやって来た。

「弥惣平の鐘」
アメリカとの間で日米和親条約が締結された結果、
米国の捕鯨船が近海に出没するようになり、
太地では不漁が続いていた。
仕方なく沖に出て漁をした結果、
弥惣平らの乗る船団は
黒潮に飲まれ、遭難する。
その時、意外な知識を披露して
船団を誘導したのが
品川から渡ってきた常吉だった。
遭難の間、常吉は「死ぬわけにはいかない」と言う。
わけを聞くと、
父の借財を引き受け、渡世人から借金した結果、
母と妹が売られてしまうという。
その常吉の誘導で黒潮の本流からは離れた一同は、
神津島近辺に至る。
岩礁だらけで新島に向かうべきだと主張する常吉に
一同は一か八かで神津島に向かう。
その結果、座礁し、船を大破させた一同は
70名が生還、
死者は135名の及んだ。
その中には常吉も含まれていた。
こうして、
多くの熟練した鯨取りを失った古式捕鯨は終焉を迎える。

鯨漁の漁村を舞台にして、
男たちの生きざまを描く本作は、
スケールの大きい作品。
独特の漁法を守るために、
役割分担が明確になり、
特殊な掟とヒエラルキーに支配された閉鎖社会が見事に描かれている。
特に捕鯨漁の場面は迫力満点

6作品の中、4作品が、若者の成長を描くが、
とりもなおさず、
古式捕鯨の技術と魂の伝承となっている。

ただ、各話の間には20年ほどの間があいており、
登場人物は重複せず、
6つの物語に関連性がないため、
物語の大きなうねりは獲得できなかった。
また、人物描写もひととおり、という感じで
深く感情移入できる登場人物はいない。

そのあたりが直木賞に届かなかった理由だろうか。


伊東潤の3回前の直木賞候補作「城を噛ませた男」の感想は、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20120328/archive

前回の直木賞候補作「国を蹴った男」の感想は、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130131/archive




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