中欧旅行記・2 ブラチスラバ  旅行関係

私がかつて所属した、
食肉業界にとって朗報が舞い込んだ。
新聞によると、

牛海綿状脳症(BSE)について、
国際獣疫事務局(OIE)が、
日本は最も安全な「無視できるリスクの国」であると
認める決定をしたことがわかった。
農林水産省が29日に発表した。
パリで開かれているOIE総会で31日(現地時間)に正式に認定される。

OIEは、
過去11年以内にその国で生まれた牛で
BSEの発生がないことを認定の要件としている。
認定されれば、
日本産牛肉の輸入を安全性を理由に規制している
ロシアや中国、韓国などに対し、
規制緩和を求める材料になる。

日本でのBSEは、
2000年8月生まれの牛が09年1月に
北海道で36例目として確認されて以降、発生はない。


更に、

牛海綿状脳症(BSE)の全頭検査について、
厚生労働省と農林水産省は19日、
7月1日に一斉に中止するよう求める通知を都道府県などに出した。
国は検査対象を段階的に絞り込んできたが、
全国の自治体は独自に全頭検査を続けている。
検査対象をさらに絞り込むのに合わせ、
足並みをそろえてやめるよう促す。


とのこと。
業界に所属していた頃、
BSE騒動の真っ只中で
もみくちゃにされた立場から言うと、
「やっとそうなったか」という思い。
まずは、めでたいが、
BSEの副産物である
「個体識別番号」はどうなるのだろうか。


さて、中欧旅行記を続けましょう。


3日目は、
ブダペストを出て、
スロバキアのブラチスラヴァに向かいました。

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こんな景色を見ながら、バスは進みます。

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途中、風力発電の風車が沢山見られます。

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ハンガリー側の国境。

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スロバキア側の国境。

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スロバキアの位置は、↓。

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ケルト人が先住民ですが、
1世紀ごろゲルマン人が、この地を支配。
5〜6世紀頃にスラブ人が移住して来、
9世紀に現在のスロバキア、モラヴィア、ボヘミア、シレジア地方に
大モラヴィア王国が成立。
10世紀になってマジャール人の侵入を受け、
ハンガリー王国が成立すると、
この地域は北部ハンガリーと呼ばれ、
ハンガリーの一地域として扱われるようになります。
オスマン帝国がハンガリーに侵入すると
ブラチスラヴァにハンガリー王国の首都が移されました。
第一次世界大戦の終了と共にオーストリア・ハンガリー帝国は崩壊。
1918年、チェコスロバキア人国家として独立を宣言。
第二次大戦後、
共産圏に組み入れられ、
1960年、国名をチェコスロバキア社会主義共和国に改称。
1989年11月、ビロード革命。共産党政権が解体されます。
1993年1月1日、チェコとの連邦を解消(ビロード離婚)。
2004年5月1日、欧州連合 (EU) に加盟。

昔は「チェコスロバキア」と呼びましたが、
円満に別れて、かえって関係はよくなったそうです。
麻生さんがチェコを訪れて、
「チェコスロバキア」と言ってしまったのは、有名な話。
「総理、くれぐれも国名を間違えないように」
とレクチャーする外務省の人間はいなかったのでしょうか。

広さは北海道の半分ほどに550万人が暮らしています。

などと講釈を述べている間に、
ブラチスラヴァに着きました。

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聖マルチン教会

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オスマンの侵攻でハンガリーの首都がブラチスラヴァに移されていた間は、
この教会でハンガリー王の戴冠式が行われました。
1563〜1830年にかけて、
ここで即位したハンガリー王は11人、
女王は7人にのぼり、
その中には、
かのマリア・テレジアも含まれています。

戴冠式の後の王の行進の経路が道路に残されています。

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城壁跡。

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一番にぎやかな通り。

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旧市街城壁に設けられていた門のうち、
唯一現在まで残っているのが、
ミハエル門

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その上の塔。

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「その町の一番高い所に登る」という
方針に従い、登ってみました。

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上は武器博物館になっています。

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ここから外へ。

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町の眺望。

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ブラチスラヴァ城が見えます。

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その後、旧市街を散策。

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小さな町です。

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ここから世界の各都市の方向を示します。
ブラチスラヴァの中心地点。(ゼロキロメートル地点)

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東京までの距離。

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途中にあった教会。

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フラヴネー広場
日の丸の旗は、日本大使館。

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オペラ座

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現代アートの町としても知られ、

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市内のあちこちに、斬新な現代アートが展示されています。

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これは、違います。

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ナポレオンのアート。

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これが一番人気だとか。

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ブラチスラヴァ城に向かいました。

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4つの塔があることから、
「ひっくりかえしたテーブル」とも呼ばれています。

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18世紀には、
女帝マリア・テレジアの居城でもありました。

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壁を修理中。

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城からのドナウ川の眺め。

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旧城壁を見ながらブラチスラヴァにさよならし、

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再び、風車を見ながら、
ウィーンに向かいます。

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スロバキアとオーストリアの国境

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考えてみれば、
ハンガリーもスロバキアも、
かつては「鉄のカーテン」の向こう側。
行きたくても行けるところではありませんでした。
しかし、今、国境はなく、
自動車でひとまたぎ。
自由主義圏への復帰は
どれほどの喜びだったでしょうか。

一方、鉄のカーテンが崩壊して、
困ったのがスパイ小説の作家たち。
私の読書歴の中での推薦図書に「トロイの馬」というのがありますが、
確か、恋人を救出するために
チェコに潜入する話でした。
もう今、その状況はありません。
一つの創作上の「縛り」が喪失したわけです。

バスは、ブラチスラヴァから
わずか1時間でウィーンに着きます。




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