お葬式  

今日は義兄の葬儀に出席しました。
私の次姉の配偶者が亡くなったのです。

昭和45年に建築事務所から独立して、
都市環境に関するコンサルタント会社を創業し、
筑波学園都市の建設など、
42年間各方面で活躍した人らしい内容の葬儀でした。
無宗教の葬儀ですので、
「お別れの会」と呼んでいました。

3年前に会長に退き、
昨年11月に仕事の全てを次代に委ねて引退し、
今年2月にめまいと吐き気がするので、
検査入院したところ、
胃ガンが発見され、
既に肝臓とリンパに転移しており、
手術も施せない状態でした。

胃ガンの部位が
バリウムを飲んでのレントゲン検査では分からない場所だったことが
発見を遅らせたようです。
胃カメラで診察を受けていれば、
というのが遺族の嘆きです。

入院してわずか3週間でご逝去。
71歳という、あまりにあわただしい逝き方でした。

余命わずかと聞いて
私も入院先を訪れて話もしました。
ご逝去された翌日にご自宅にも。
昨日の通夜のことも含め、
このブログに書くことはありませんでした。

しかし、今日は、
その義兄の生きざまと共に報告します。

棺の蓋が閉じられる時、
その人の真価が分かる、
と言いますが、
通夜も葬儀も
途切れることなく続く弔問の列、
男泣きする沢山の人たち、
感謝と感動があふれる言葉の数々・・・
一人の男の50年近い仕事人生が
完結する姿
でした。

引退後、
「これから遊ぶぞ」と言っていた矢先の発症。
仕事仕事でやってきた人生の最後に
遊ぶことを神様は許さなかったようです。

それもこれも天命、寿命
という言葉がふさわしいのでしょうか。

しかし、発症を予感したかのように
全ての仕事を引き継ぎ、
完了させた人生。
見事だとしか言いようがありません。

残された者の悲しみが癒えるように、
見守っていかなければなりません。

こんなことなら、
もっと交わっておくべきだった、
といういつもの後悔がわき起こります。

ソーントン・ワイルダー作の
ピューリッツァー賞受賞の戯曲「わが町」で、
主人公のエミリーは、
死んだ後、
生前の一日にだけ帰ることを許され、
青春時代の家庭に戻ります。
しかし、
そこで起こっている日常が
どれだけ輝いているか、
人生の一瞬一瞬のかけがえのなさを
その時を過ごす人間たちが気づかずにいることに、
エミリーは耐えきれず、
その時間から立ち退いてしまいます。

それと同じで、
人と人の交わり、
人間と人間の関わりが
どれほど輝いているかは、
人が去ってみなければ分からないのです。

今日は、
健康の大事さ
家族の大切さ
当たり前の生活の中に潜む輝き
知らされた一日でした。





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