スーパー8とは  映画関係

〔映画紹介〕

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監督が「LOST」のJ.J.エイブラムス
(「LOST」の1本目の演出は最高!)
製作がスティーブン・スピルバーグで、
子供たちが8ミリ映画の撮影中に列車事故に遭遇し、
置き去りにした8ミリカメラの中のフィルムを現像すると、
何物かが写っていて・・・
という予告編を観たら、
映画好きなら劇場に飛んでいかざるを得ない。
事務局長も吸い寄せられるように映画館へ。

期待しすぎた。
技術の進歩と演出力で見せてくれるものの、
その全てが既視感のある映像で、
ざっとあげても、
「E.T.」「ジョーズ」「宇宙戦争」「グーニーズ」
「未知との遭遇」「ジュラシック・パーク」等
スピルバーグのオンパレード。
「クローバル・フィールド」も当然。
「エイリアン」もあったし「ゴジラ」(米国版)もあった。
そういう既にある映画の断片を
それこそ「取って付けたように」持って来る。

偶然撮影された映像が
何か決定的な物語の進展に役立つかといえば、
そうではない。

「オマージュ」といえば格好いいが、
それらを持って来るなら、
作品世界が化学反応を起こして、
次の地平を開いてくれないといけない。

突っ込み所満載で、
SFにいちいちケチをつけても野暮だからやらないが、
残念な仕上がりだった。

エンドクレジットに、
子供たちが作った8ミリ映画が出て来るが、ほほえましい。
ついでに言えば、
先日行った某大学の学園祭の映画研究会で上映していた映像作品(ビデオ)は、
この水準にまで及んでいない。

5段階評価の「3」。


さて、ここからウンチク。

映画のフィルムは幅35ミリ。
これより大きいのが70ミリ映画や
3本横に並べたシネラマの大型映画。
しかし、未だに標準は35ミリフィルム。

これより小さい規格のものを「小型映画」と呼び、
最終的には16ミリ8ミリが生き残った。

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劇場で上映するのは35ミリフィルムで、
10分位ずつ巻いて缶に入っており、
これを2台の映写機で交互に映した。
今は映画館で1本につないでから上映する。

16ミリ映画は、報道機関で使われ、
昔のニュースは、全部16ミリで撮ったものだった。
また、35ミリの映画を16ミリに焼き直して、
図書館や学校で上映されたりした。

16ミリはホームムービーとしても使われたが、
機械もフィルムも高価であったため、
一部の愛好家だけのものだった。

ホームムービーを広く広めたのが8ミリフィルムの登場で、
戦前からあったが、
日本が戦後の混乱から立ち直った1954年(昭和29年)頃から普及し始め、
1955年には国産8ミリ撮影機の第一号がエルモ社(なつかしい)から出て、
続々各社から売り出され、
白黒からカラーになり、
ズームレンズも採用された。

初期のものは16ミリフィルムの片側だけに撮影して、
終わるとこれを逆に入れ替えて、
残りの片側に撮影、
現像所に出すと半分に裁断してつなげた8ミリの形で戻って来た。
フィルムを送る穴(パーフォレーション)が片側にしか付いていないのは、そのため。
片側2分強で、一旦カメラを開けて逆転しなければならないから、
露光の危険があり、
黒い袋の中での手さぐり作業で
うまくフィルムを通すことが出来ず、
失敗の原因となった。

この操作をなくし、
どんな人でも撮影可能にしたのが「スーパー8」の登場で、
最初から8ミリの形でマガジンに入っていて、
カメラに装着すればよく、反転の必要がなかった。
また、フィルムの送り穴を小さくし、
画面の面積を1.5倍にして、画質を向上した。
コマ数も1秒間に16コマから18コマにして画質を向上した。

スーパー8はコダック社が開発。(1964年、昭和39年)
翌1965年にフジフィルムから発売されたのが「シングル8」
やはりマガジンに入っていて、
カメラに装着すればすぐ撮影でき、
女優の扇千景(後の国会議員)がコマーシャルで言った
「私にも写せます」
が流行語になり、主婦層が8ミリカメラを手にした。
「マガジン、ポン! フジカ・シングルエ〜イト」
というCMソングを覚えている方も多いことだろう。↓

http://player.video.search.yahoo.co.jp/video/1ed521fcf77825d299a17ea7ca76cd5e?p=%E6%89%87%E5%8D%83%E6%99%AF&b=2&of=&dr=&st=&s=&pd=&ma=&rkf=1&from=srp

スーパー8、シングル8の登場により、
従来の16ミリフィルムを反転する方式は、
ダブル8又はレギュラー8と呼ばれるようになり、
やがてなくなった。

画面のサイズと穴の間隔を同じにしたので、
映写機は共有できたが、

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フィルムの材質の厚さが3分の2ほど違ったため、
シングル8とスーパー8を編集でつなげるとボケが発生した。
(後に同じになり、解消)

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↑左がスーパー8、右がシングル8のマガジン、

スーパー8のマガジンは送り出しと巻き込みを同じ軸にしたため、
マガジンが厚くなり、
巻き戻しての二重露光撮影が出来なかったのに対し、
シングル8のマガジンは別軸(カセットテープと同じ)のため、
巻き戻して、タイトルを入れたりのテクニックが使えた。
しかし、決定的な違いは画質で、
スーパー8の画質にシングル8はかなわなかった。

VHSとベータと同じで、
ハードを選んでしまうと、それに付き合うしかなく、
シングル8のカメラを買ってしまった人が、
高価なスーパー8のカメラに買い換えることが出来ず、
スーパー8のフィルムをシングル8のマガジンに巻き変え、
(スーパー8の方が厚いため、10分の1程を廃棄)
撮影後、スーパー8のマガジンに入れ替えて現像所に出したりの苦労をした。
現像料はフィルム代に入っていた。

マガジンの長さは3分強で、
しょっちゅう入れ替えなければならず、
高価なため、NGを出せなかった。

↓最初のシングル8。固定レンズ。だから、押すだけで、誰でも操作可能。

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編集は「スプライサー」というフィルムカットの器具を使い、
セメントでつなげる方式と、テープでつなげる方式があった。
壁から壁に張ったひもに、
番号を付けた洗濯ばさみにフィルムの断片をぶらさげた編集作業は楽しかった。

事務局長も中学生の時に、仲間と一緒に8ミリ映画を作った。
トリック撮影専門で、
当時のヒット映画「地下鉄のザジ」(ルイ・マル監督 1960)の真似をして喜んでいた。
レンズを半分隠して撮影し、
フィルムを巻き戻して、反対側を隠して撮影、
一人二役の合成画面を作ったり、
カメラの天地を逆にして撮影し、
フィルムを逆につないで、
食べ物が次々と口から皿に戻る映像などを作っていた。

長いものでは、
学生団体の行事の記録映画を頼まれて、                      
フィルムを巻き戻して文字を映像に重ねるなどの凝った作りをしたりしていた。

8ミリ映画の泣きどころは音が出ない点で、
オープンデッキテープのテープ駆動部分に
縞模様を張り付けてシンクロさせる方法など、
みんなが工夫していた。

事務局長がした工夫は、
語学学習用の2チャンネルのレコーダーの片側に
映像説明とカットの信号(実際は舌打ちの音)を入れ、
その音をイヤホンで聴きながら、
もう片側の音楽や実音の音声をスピーカーから再生、
映写機のスピードを微調整しながらシンクロさせる、
という画期的な方法を編み出した。
高校時代には、
2台のテープレコーダーを並べて置き、
テープをひねって2台で2チャンネル録画をし、
再生するとステレオになるという、
おそらく世界で誰もしたことのないステレオ方式
(ただし、実用性なし)
を編み出すなどしており、
事務局長、こういう方面に進んだらよかったのかもしれない。

やがて、現像に出す時希望すると、
フィルムの端に磁性体を塗ってくれるようになって、
サウンドトラックを獲得。
録音再生が出来る映写機で、トーキー映画が出来るようになった。

↓マイクのついたスーパー8の高級機。

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こうした形で子供の成長を記録した家庭も多いはず。
「小型映画」という雑誌もあったし、

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愛好家によるサークルでの定例上映会などが行われた。
大林宣彦監督などは8ミリ映画出身であることを隠さない。
西川美和監督の「ゆれる」(2006)では、
8ミリ映画が重要な役割を果たす。

やがてビデオ・テープレコーダーが登場し、
家庭用ビデオカメラが出来、
当初カメラと録画部分が別で
大重量に苦労した時代から
カメラと録画部分が一体となり、
8ミリビデオやVHS−Cの登場で軽量化が進み、
今は内蔵DVDに録画する時代になった。
ビデオの編集もソフトの充実でお手軽に出来るようになり、
プロジェクターの性能もよくなった。
既にデジカメで録画をする時代だから、
メモリーカードへの録画により、
軽量化は更に進むだろう。

それでも8ミリ愛好家は今でもおり、
さすがに撮影機は新しいのは出ないが、
フィルムの方は売られている。

事務局長の家には、映写機はないが、
編集機はあり、
それで昔のフィルムを見ることは出来る。
8ミリフィルムからDVDへの変換をする業者もいるが、わりと高い。
↓ここが一番安い。

http://www.e-dataspace.com/price.html


映画「スーパー8」の舞台は1979年。
フィルムはカラーで撮影機にはズーム機能が付いていることが分かる。
スピルバーグらがこうした時代への郷愁をこめて作った作品だ。


タグ: 映画



2011/6/27  8:11

投稿者:pipi

暑さを乗り切る映画鑑賞
涼しくていいですよね。  わたしは貧乏性ですので 緑多い木漏れ日の公園や図書館  モール デパートへと 涼みにでかけますのですよ。 家では節電 節電でしょう。ことしは特別にたいへんなんだから。

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