関ブロ東京大会スタートと『さざなみ情話』  

今日は朝から市場内各団体合同の打ち合わせ会があり、
市場の入り口に設置されている
車の車輪や人の靴裏の消毒用マット
1カ月延長することになりました。
各団体の負担は、一定の計算式でなされ、
本組合の負担分は軽微ですが、
中には3カ月で100万円以上を負担しているところもあります。

口蹄疫の津波の影響はこんなところにも訪れていますが、
種牛をはじめ、宮崎県の牛豚の大量処分の影響の余波が
現れるのは、
数ヶ月、あるいは数年の時期を経て現れると思うと、
少々暗澹とする思いがします。


午後、関ブロ (関東甲信越1都9県の食肉組合の協議会) 事務局の
Nさんが来訪し、
関ブロ東京大会の各県に対する招聘文書に印を押しました。
発送は8月2日、
出席者の通知期限は9月10日、
参加費の納入期限は9月22日、
となり、
いよいよ関ブロの作業がスタートします。

Nさんは、事務局長同様、全く違う世界から食肉業界に入った方で、
温厚、誠実な人柄は、「業界の良心」といえるもの。
6年前のZ会脱退の際は、
きっとご苦労かけたものと、
今さらながら、頭を下げる思いです。

しかし、Nさんがこのブログの読者だとは知らなかった。


[書籍紹介]

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藤沢周平の後継者は山本一力ではなく、乙川優三郎だ、
と事務局長は密かに思っており、
同意見の人もいますが、
この乙川さん、寡作なのが少々難点。
なにしろ1年に1冊くらいしか出版しない。

この「さざなみ情話」は、4年前の本。
直木賞作家の筆力を今更褒めても仕方ないが、
細かい情景描写、心理描写は、
江戸時代のまさにその時に生きていたのではないかと思うほどの臨場感。
その中にしっとりとした情感を織り込む手法は、
読んでいて文学の豊饒な世界にいる歓びを与えてくれる。

主人公は、川船頭の修次。
父と兄をシケの海で失って以来、
漁師の道を捨て、
高瀬舟に醤油樽を乗せて
銚子から利根川、江戸川を経て江戸へと往復する毎日だ。
家には老いた母と妹がおり、
妹は幼い頃、修次の不注意で背中に大火傷を負っており、
女としての幸福を放棄して拗ねた日々を送っていて、
修次は妹に対して罪悪感を抱いている。

水量が少ない時には
川底をこすればいっぺんで舟が壊れ、
後には借金だけが残る、
すれすれの生活だ。
気の合わない従弟と二人で舟に寝泊まりする日々に希望はない。

その修次のただ一つの救いは、
松戸の旅籠の食売女 (料亭所属の売春婦) のちせとの
月に一度の逢瀬と、
年季明けに所帯を持つという夢だった。
修次はその日のためにせっせとお金を貯めている。

一方、ちせは長野から出て来て、
13の時に客を取らされ、
それからは、船頭や農夫相手に体を売る毎日。
すさんだ生活の中で
いつ自分を見失うか、というすれすれのところにいる。
そのちせの希望も
間をおいて訪れる修次と交わした約束で、
それだけを唯一の光にして毎日を生きている。

こうした絶望的な境遇にいる一組の男女の
魂の触れ合いが
淡々とした日常描写の中で描かれる。

ある意味で書かれ尽くした内容だが、
しっとりと香り立つ描写で、
乙川ワールドが展開する。
酔う。

おそらく今でも東南アジアでは成り立つもので、
何も外国を引きあいに出さなくても
日本でも、わずか数十年前には、
いくらでも転がっていた話である。
いや、考えようによっては、
貧困という要素を除けば、
今でも、すぐそこにある物語だと言えるだろう。
単調な生活の中に希望を見出そうとするうごめきは、
誰の心の中にもある。

毎日毎日知らない男と肌を合わせ、
泊まりの客とは抱かれて夜を過ごす売春婦の生活というものが
こういうものであったかと、
初めて知らされる思いだが、
乙川優三郎は、
どうやって売春婦のこんな心の襞まで入り込むのだろうか、
と思うほど哀切だ。

同僚の若い娘が
客を取らされて日々変貌していく姿を見てちせが心を痛める様、
自分も転げ落ちるすれすれのところにいる恐れなど、
経験せずに書けるところが
やはり小説家の想像力というものだろう。

こんな小説は書けないな、
とつくづく事務局長は資質の違いというものを感じた次第。

自慢ではないが、
(というか、こんなことを自慢しても仕方ないのだが)
事務局長、俗に言う「女を買う」ということはしたことがない。
お金を支払って、知らない女性と交わることなど、
どんなに性欲が強い時期でも、できなかった。
それは善悪を越えた体質の問題だが、
今度、この本を読んで、
しなくてよかった、とつくづく思う。
それほど、この行為の中で人間が失うものが多いのだと思わされた。

最後のくだりで、
「妙見島」「猫実」(ねこざね)という名前が出て来て、驚いた。
修次が、ある計画のために海に出る下見をする場面で
浦安の河口を訪れるのだ。
まさに事務局長の前の住居のそば。
(娘の保育園は「猫実保育園」)
小説の世界の人物がすぐそばを通り過ぎたような気がした。

市井の人間の絶望と希望、愛と再生の物語。
是非、お読み下さい。




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