お通夜とちょっといい話  

昨夜の新年賀詞懇親会のまとめ。
結局、人の入れ替えはあったものの、
欠席は、当日体調を崩した方お一人だけで、
226名でした。
わが組合は、みんな真面目です。
やはり年齢が高くなったせいか、
食べ物は沢山余っていて、
もったいなかったですね。
次の会場では料理の分量を減らし、
飲み放題をやめようかと思っています。

新会場の下見は来週になりました。

『東京食肉新報』の新年号の
役員さんたちの所信をまとめ。

為替の方は、
菅直人新財務相が
「もう少し円安が進んでくれれば・・・」
と言った途端に、
ぴょんと円安に振れました。
経済音痴が定評となっている菅サンなのに。
自分の一言で為替が上下するのを見たら、
世界を動かしているかのような感覚におちいるでしょうね。
豪ドルの方は、ついに昨年来高値、
つまり、リーマンショック以来の高値に。
この為替水準なら、
組合の決算は十分な黒字となります。


夕方からお通夜へ。
組合の古い職員の女性 (52歳) で、
もうやめて19年にもなりますが、
年賀状はやりとりしていました。
年末に亡くなって、今日が通夜、明日が葬儀。
正月の間、ずっとご遺体がお家にいたわけで、
ご家族にとっては、どんな正月だったのでしょうか。
高校受験中の一人娘を残しての
あまりに早い旅立ちは
さぞ心残りだったことと思います。
本当に死の訪れだけは残酷で、
寿命のやりとりが出来たら
どんなに世界は変わることでしょうか。


としめっぽくなってはいけないので、
ちょっといい話を。
サンデー毎日の岩見隆夫さんのコラムに出ていた話です。

一人の青年が、ある大会社の入試試験を受けた。
筆記試験をすませ、口頭試問に。
面接室では、
4,5名の試験官と共に、社長が待っていた。
その社長が最初にこう言った。
「君は生まれてから今までに、
親の体を洗ってあげたことがあるかね」
青年はびっくりした。
こんなことを訊かれるとは思わなかったからだ。
「いいえ、あんまぐらいはしましたが、
体を洗ったことはありません」
「君は、お父さんを早く亡くして、
母一人子一人だったね」
「はい、そうです」
「それじゃ、今日帰ったら、
お母さんの体のどこでもいいから、
洗ってあげなさい。
その上で、明日改めて面接する。
今日はもう帰りたまえ」

青年は面食らったが、
どうしてもその会社に入りたい。
母親は反物の行商をして歩いていた。
「そうだ、おふくろは足が汚れているだろう。
足なら簡単に済むから、足を洗おう」
そう思って、家に帰ると湯をわかして、
母親の帰りを待った。

帰って来ると、青年は
「今日は母さんの足を洗ってあげるよ」
と言うが、母親は戸惑った。
日頃母親を罵倒している親不孝息子が何を急に。
「自分の足くらい、自分で洗うわよ」
そこで、青年は、
会社の口頭試問で社長に言われたことを説明した。
「それじゃ、しょうがないわね」
と母親は言って、
息子が用意したお湯に足をつけた。

青年はしゃがんで、母親の足を洗った。
女だから、細くてきゃしゃだろうと想像していたが、
そうではなく、
行商で子供を育てた母親の足は、
石のように硬くごつごつしていた。
青年の胸に熱いものがこみあげ、
母親の足を握りしめたまま、
声をあげて男泣きに泣いた。

翌日、青年は会社に行き、社長に言った。
「社長さん、
私は大学まで出ましたが、
誰一人、親の恩について教えてくれる人はいませんでした。
ありがとうございます。
もう私は、
この会社に採用されてもされなくても結構です。
生涯、母を大事にして生きていこうと思います」


(竹下哲著『いのちに出会う旅』佼成出版社・96年刊より)

「ちょっといい話」どころか、
「すごくいい話」でした。

岩見さんも書いていましたが、
親の体は、事務局長も洗ったことはありません。
洗おうにも、もういません。
事務局長も人一倍親不孝はしました。

親孝行 したい時には 親はなし
親孝行 したくないのに 親がいる
親孝行 いやいやするなら 親不孝
親になり 初めて分かる その苦労
ふと気付く あの頃の父と 同じ歳
親と行く 時速2キロの 旅もよし


親孝行と親不孝、
綿々と続く愛の連鎖。
人生の永遠のテーマです。





2010/1/10  21:51

投稿者:島倉昭彦

事務局長、いい話をご紹介いただきどうもありがとございました。涙が浮かんでくるような切なさ、痛さを胸に感じ、苦しくなってしまいました。親が健在であることに深く感謝し、礼を尽くしたいと思います。

2010/1/8  20:25

投稿者:SSM

凄くいい話ありがとうございました。
私も親の身体を洗った事はありませんでした。
父親を90歳で亡しましたが、父母には(商売柄)
負担をかけまい、楽をしてもらいたいという気持ちで
店をやってきました。父が病院のお世話になるまえ
下の世話は絶対に女房にさせなかったのが私にとって
自慢ではないのですが、親を思う心の支えです。
支部の集まりの時、家庭の和について時々話す事が
ありますが。
この、いい話を支部の新年会で採用したいと思います。

2010/1/8  8:18

投稿者:ゆきむすめ

感動しました
 いつも冴えない わたしですが  岩見さんのコラムの お話
 戦後 物不足から今日まで  「いつまでも有ると思うな親と…」  私は常日頃に 思うことは物質面も 去ることながら 会話 ハートと思っています  これも 日頃の ご先祖様からのDNAへの感謝と今日 人間として「生」を受け ご加護のお陰様と 墓参りから 両親に 感謝 感謝の日々なんですよ

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