2008/11/30

吉野ヶ里遺跡そのA  旅(道外)

発掘場所編です。

もう1ヶ月以上前の話で、何を今更(^_^;)なんですが老後の楽しみに日記(ブログ)につけておきます。

吉野ヶ里遺跡は、復元されているのは遺跡のごく一部で、その周辺にはまだまだ発掘されていない遺跡があります。
でも実際は民家が建っていたり畑になっていたり発掘できない状況もあるということです。

それでも可能な限り、発掘・調査を続けている場所のひとつがこちらの現場です。

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遺跡の外れ、フェンスに覆われたガードマンさん付きの場所(^_^;)で、テントが建ち人が大勢集まっています。(けっこう遠いです)

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おおっ!
発掘現場っぽい・・・いや、ホンモノ!!

昔から遺跡発掘のバイトって憧れだったんだよな〜いいな〜♪

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発掘七つ道具がっ!
ちょうどお昼休みでしょうか・・・

運よく今日は写真撮影の日だったらしく、普段はビニールシートで覆われている現場の全体を見ることができました。

更に、現場監督の方もいらっしゃって中に入って案内して頂ける事に(らっきぃぃぃぃ!)。

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落ちている土器などを踏んではいけません、絶対に。
そ〜〜〜っと恐る恐る入ります。
意外と地面が柔らかい・・・

小さな甕棺(かめかん)なので、子供のお墓でしょうか・・・当然発掘前なので、中はまだ開かれていないようです。

上の小さな甕棺をアップで見るとこんな感じ。

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他にも多くの甕棺が発掘途中です。

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蓋の部分が壊れていますが、こちらは大人が埋葬されているくらいの大きさでしょうか?

遺跡の中に線が引いてあるのは境界をわかりやすくするためですが、多くは家の跡やかまどの跡などです。

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柱が立っていたであろう場所の土の色が他の場所とは違っているので境界が分るのだそうです。

木が生えている現在の地面に対して、1〜2m掘っているのがわかります。

他にも壷のようなもの?や土器の欠片などもあちこちで発掘・調査中です。

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全体の発掘状況は絵にするとこんな感じで・・・

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素人にはちょっとよく分りませんが、甕棺墓列と住居跡が交差しているようです。


甕棺墓列はこの辺り一帯で見つかっていて、また別の場所に発掘状況そのままに保存・公開している場所もあります(下の写真)。

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左の写真が小さいのですが、赤で囲まれた細長い部分は甕棺墓列なのですが、ちょうど「墓」の字の横の灰色のラインは農家のビニールハウスです。(つまり甕棺墓列の真上にあたります)

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解説にもありますが、南東隅にある甕棺からは弥生時代中期(2050年前)の前漢鏡が見つかっており、まだまだ歴史を変える大きな発見があるかもしれない発掘調査なのです。

書いていて、その時のワクワクした気分を思い出しました(^_^;)。

時間があればもっとずっとゆっくり見学したかった、吉野ヶ里遺跡です。
(遺跡発掘編おわり)




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