真面目に頑張る  

前々から何度も「分かる」と「できる」とはまったく意味が違うって訴えて来ました。
さらには「できる」と「表現できる」とも意味が違うとも。

まー、頭の中で理解できただけですべての事が解決するならば、俺だってオリンピックで金メダル取れますから。きっと俺に限らず誰でもみんなね。




最近、保護者と面談していて思ったんだが、「真面目に頑張る」って言葉は褒め言葉に非ずってね。

「ウチの子はコツコツと真面目に頑張ってますがなかなか成績に反映しない。塾が合わないからと思い、こちらに移りたいです。」と親は真顔で話していた。



親は我が子の学習の様子をどこまで理解しているんだろうか?

単純に考えて、必要がないなら家で勉強はしないでしょう。
何かの目的ややらねばならない事情があるから机に向かうんだと思います。

もしも何かの目的に向かって頑張れる子の様子を「真面目に」とは表現しやしない。
「真剣に」と言うでしょう?




真面目とは、指示された事を疑う事無く愚直なまでに飽きもせずにひたすら続けている様を「真面目」と表現するんですよ。そこにあるのは無考えなただの言いなりだけなんですよ。

もしもそこに個人のアイディアや工夫を入れてしまったら、指示通りな行動では無い。
何らかの責任を負いたくないから、自分に作業を依頼もしくは指示した人の責任にしたいために、何も考えない方が自分を守れる訳だ。

だから「真面目」の先に何かの発展や期待は持てない。





昔は「真面目」とは完全なる褒め言葉でした。

沈黙は金………の時代にはね。



今は有言実行の時代です。ただ愚直で目立たないタイプは、使い捨て扱いされるのが関の山。




何か目的を持って努力する、「真剣な態度」を求めますよ。


指示された通りの事をやっただけで評価を期待するな。
指示通りの行動をとるのは当たり前であり、出来ない方が駄目なんであって、出来る事を誇るのは愚かだ。

プラスアルファーは無いのか?




もしもその人が与えられた課題に対してもしくは指示に対して、疑問や違和感があるならば、堂々と自らの意見を述べるべきだし、さらには実力行使に打って出るべきだ。

その判断力や行動力こそが今の時代において重要なんであって、そんなタイプが求められている。

もう少し先の時代、「真面目」だけで済む作業は、AIに取って代わられちゃいます。
人間がやらなくても良い仕事なんだな。



ドラマで大門未知子が言う「医師免許がなくても出来る作業は致しません!」ではないけど、誰でも出来るような事に酔いしれていてはいけないよ。
医者なら医者の仕事をしよう。

学生が学ぶためには、それを学んだその先に何があるかを考えながら学ばないと。
指示通りだけならば、その程度の人間で終わるだけ。



受験の世界の中で目標を叶えたいならば、イエスマンは駄目だ。
ただやりました……、言われたからやりました……、言われてないからやってません……、言ってくれたらやったのに……みたいな言い訳は聞きたくない。



勝組に残るため、欲を出しなさいよ。指示待ちは最悪だ。



学習改革より精神改革を始めないと。
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