2021/4/6

『八丈便り』  

 東京都 八丈島に住む友人、茂手木清さんから、彼の著わした本が届きました。

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 都内の出身の彼は大学を卒業して、八丈島で小学校の教員となり、退職をするまで島の先生として様々活動をしてきました。

 彼の奥さんはうちの女房の学生時代からの親友で、我々も何度か島を訪ねてきました。


 その茂手木夫妻はメキシコの日本人学校に3年間いたことや、国内の山々や海外の国にも関心が高く、休みの度に何かしら動き回っていたタフなご夫婦です。

 また日本野鳥の会の活動や八丈島の歴史や方言などにもその研究家として実に多くの顔を持っていました。

 信州の山の中に住む僕らは、彼らからよく島の花(フリージアやサンダーソニアなど)や果物(パッションフルーツなど)が送られてきて、いつも感激していました。

 逆に僕は先年頼まれて、彼らの家の壁を飾る海をテーマにしたレリーフをつくったこともありました。
 
 そうした様々な彼らの活動の元というのか、基本になるものは半世紀にも渡る“八丈島に対しての愛情”なんだなぁと、本からとても感じました。・・すごいなぁ・・・・

 ・・・・なぁ、なぁ、なぁーんでも一生懸命とりくむ茂手木さんの姿勢に乾杯ですね。
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2021/4/3

水仙 満開  

 僕が月2回行っている、大人のための絵画教室の会場として、お世話になってる上田市、丸子の“信州国際音楽村”では、現在水仙が満開です。

 今日のその教室の折に、撮ったものです。(指が映り込んでしまい、失礼!)

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 例年は水仙まつりとしてさまざまありましたが、今年は散策のみのようです。

 しかし、この大量の水仙、みごとですね・・・・

 ・・・・すね、すね、スネ、スネイクももう地表に顔を出しているよね・・ウワァオ。
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2021/4/2

あさつき 卵とじ  

 先日の「ふきのとう 天ぷら」に続いての話です。

 何年か前にお隣のおばぁちゃんちの畑からもらった“あさつき”の何本かを、うちの畑の端に植えておいたところ、その後毎年たくさん芽が出て、収穫しては食べ続けてきました。

 今年もそんな季節になり、刈り取って、卵とじにして胃の中へ・・・。

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 やはりこうした匂いのきつい“葷”ものは、例え“葷酒山門に入るを許さず”と言われても、こうして家庭で味わえることは、何か元気が少しでも出てくる気がしますよね。

 僕らはこの“あさつき”を口にするたびにいつも、いただいたその亡きおばぁちゃんに心の中で、ありがとう!と言っています・・・・

 ・・・・ます、ます、ますますコロナもオリンピックもミャンマーも 混迷を深めてきていますよね。
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2021/3/24

ふきのとう 天ぷら  

 そろそろ飽きてもきそうですが、何度食べても「春ー!」て感じがします。

 これで今年3回目のふきのとう天ぷらです。

 かつて畑の隅に、どこからか採ってきた蕗を植えたのが今では一面顔を出し、うちの二人では食べきれない状態です。

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 天ぷらにしきれなかった分は“ふきのとうみそ”にしました。

 これからは、タラの芽やこごみ、こしあぶらなどのオンパレードになります。考えようによっては贅沢なことかも知れませんね。

 毎年のルーティンワークみたいな感じもしますが、こんなご時世でもこうして春を少しでも味わえたことに感謝して・・・・

 ・・・・して、して、シテは能や狂言の主人公のことだよね。
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2021/3/13

♫ 友よ 夜明け前の 闇の中で・・  

 昔懐かしい、というより、この人の歌で僕らの青春フォークソングは始ったんだよ と思うくらいです。

 例えば“友よ”“山谷ブルース”“私達の望むものは”はもう50年も前の僕の高校生、大学生の頃ですね。

 その歌手、岡林信康がつい先日、新しいアルバムを出したことを新聞で知りました。

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 僕も久しく彼の歌を聴いていませんでした。というより彼はこのところ音楽活動をしていたのかわかりません。

 以前と同じように山にこもって畑作をやっていたのかもしれません。
 これまでも彼は時代時代に曲想をさまざま変化したりして、言ってみれば生まれ変わってきたようにも思えました。

 もう30年位前になりますが、彼は日本の盆踊りの曲にヒントを得て“エンヤトット”といった歌も歌いだし、当時僕らはそのコンサートに行き、これもまた痛快だなぁと感心、感動したことをよく覚えています。

 さて今回のアルバム“復活の朝”は74歳となった彼がそろそろ自分も 旅の終わりだと思い、作った曲とのことです。この3年間で彼の親しい友人が16人も先立たれたりしたとかで、よりそんな思いを強くしたそうです。我々もそれは他人事ではない状況ですね。

 岡林信康の代表曲“友よ”から50年以上がたち、このコロナ禍故に、現在どんな曲を歌っているのかととても関心を持ち、僕はアマゾンでその“復活の朝”のCDを入手し、聴いてみました。例の如くメッセージ性の強い彼の思いが、改めて心に響きました。

 余談ですが、僕も毎日少しづつだけど、制作を続けていますが、今手がけているこの作品が自分の最後になるのかもしれないなぁなどと思いながら、色をペタペタと塗ってることがあります。

 皆さんも良かったら聴いてみて・・・・

 ・・・・みて、みて、みてくれだけで人を判断しちゃいかんよねぇ・・ナンテ。


★追記・・この岡林信康のCDには、歌詞カードと一緒の文に(そのことをライナーノーツというのだそうですが)、かつて彼のバックバンドもやったことのある作詞家の松本隆が、昨年末に30年ぶりに岡林と再会し、その感激を述べていました。僕はそんな一文にもまた心が震わせられました。

 岡林信康の新曲に出会えて本当に良かった・・・!!
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