mmadokaのブログ

筆まめな「転勤族の妻」が、書きたい時に勝手に書いてます^^;。
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    HPもあります。夫と2人で行った海外旅行記が主です。『暇つぶし』程度にはなると思います(^^)v

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投稿者:mmadoka
解き方はいろいろあっても数学のように答えがひとつ出せるなら楽なんでしょうね。

 「・・・してたら」「・・・してなければ」そうやって後悔しながらの「タラレバ人生」になりがちですよね。「年配者の言う事には一理ある」と言われるけどそれって正解ではなくても「タラレバ」の積み重ねからのアドバイスが年と伴に増えていくからでしょうね。
投稿者:しょうこ
ことばひとつひとつが身にしみました。
病気の告知のこと、難しいです。答えなんて出せないですよね。

それから、なくして気づく、ということがひとつでも少ない、そんな風に生きていかなくちゃ・・・と。
投稿者:mmadoka
>ことりさん

 ほんと?
 RSSってよくわからなくって適当にXMLの所にあったのを入れてみたんだけど。
 マイミクさんにこのブログが出たら「ひぇ〜、長っ」って呆れられてそうだけど^^;。でも、アドバイスありがとう(^o^)/


>蟹田の毛蟹さん

 成人式のお父様の話、泣けちゃいますよ(>_<)。 親って子供が何歳になっても大人になっても親なんですよね。
 私も父が病院から自宅に戻っての介護となった時に姉と「あまり帰省ばかりしていたら変に思われるね」なんて言った覚えもあります。でも、顔を見せると喜ぶんですよね。
 多くは語らなかったお父様もきっと毛蟹さんが駆けつけてくれた事を喜ばれていたと思います。


>比呂志さん

 Mortal・・・死ぬ運命にある
 すごい言葉ですが人間誰でも遅かれ早かれですものね。そう考えると死が怖くなくなるでしょうか。私は「死」自体は怖くないのですが「死ぬまで」を考えるのは怖いです。
 父が脳梗塞で倒れた時は、脳疾患って助かっても重い障害が残る時もあるし、延命装置で何年もチューブに繋がれて身内に苦労かけるのも嫌だからガンの方が生か死かでいいかと思ったけど、胃ガンで食べられなくなって行く父を見たら消化器系のガンは嫌になって。痴呆はボケたもん勝ち?なんて思ったら介護経験ある方にすぐにボケるんじゃなくてそれまでにどんどんわからなくなっていく自分に嘆き苦しむと聞いてそれもいやで。
 急に事故や心筋梗塞で死ぬのも、残されたものの事や後始末を考えると・・・。何がいつ起こってもいいように身の回りの事をきちんとして置けばいいんでしょうが、それもなんか予定してるようで予測が当たるんじゃと思うと嫌だし^^;。

 「頑張る」は頑張りようがない人やすでに充分頑張ってると思われる人に使うのは適切な言葉ではないですよね。
 「頑張ってね」とか軽い感じで日常使うのは「励まし」となるのでいい言葉だと思いますが、言い方によっては「自分には関係ないけど頑張ってね」という風にも捕らえられるから「お互いにとか一緒に頑張りましょう」という意味も込めたいですね。
投稿者:ことり
まどかさん、成功したんだね!
おめでとう。ちゃんとMIXIからもまどかさんの日記の
更新がわかるようになったよ。
投稿者:蟹田の毛蟹
ガンの告知のことで、父のことを思い出しました。父は、私が二十歳の時、53歳で他界しました。私は、まだ学生で、学寮に居ましたが、確か、6月頃だったと思いますが、珍しく、妹から手紙が来ました。父がガンに侵され、長くて半年という、とてもショッキングな内容でした。夏休み、帰省し、父を見舞いましたが、ガンの告知はされていませんでしたが、放射線治療や私の深刻な顔から普通の病気ではないことを悟っていたかもしれません。まもなく、完治の見込みも無く、父は、自宅に帰されました。年が明け、1月15日、父は、私の成人式のため病床から体を半分起こし、ネクタイをしめてくれたました。体力がなくなり、手を動かすのもやっとで、何度か休みながらでした。冬休みが終わり、寮に戻って一週間たった夜、姉から父が危篤だから、すぐ帰れとの電話がありました。私は、なぜか、もう父は死んでいると感じ、子供のように泣きながら学寮の廊下を走りました。もう、あれから38年もの月日が過ぎてしまいました。戦中派の父とは、ことあるごとに対立し、口論が絶えませんでしたが、今は、私を愛してくれてありがとうと心から感謝しています。

http://www.jomon.ne.jp/~kegani/
投稿者:比呂志
Man is mortal! 死ぬことは常に人生のスケジュール表に書かれていることです。私は昔子どもの頃、27才で死ぬと信じていました。28才になっても死んでいませんでした。今は65才で死ぬ予定にしています。66才になったら、死ななかったとご報告しましょう。死ぬことは何ら恐れることではありません。死ぬことは後進に道を譲ること。人は死ななければ子孫を生かすことはできません。おそれず死にましょう。

私は叔母が危篤になった時、会いにいきました。私をもっとも可愛がってくれた人でした。私は叔母に死を恐れるな、順番だから今度はあなたの番だと言いました。その次は私だと。励ましたつもりですが、勝ち気で決して涙を流さなかった叔母はその言葉を聞いて大泣きに泣きました。

死に直面した人に「頑張ってね」ということに何も意味はないでしょう。しかし、もっともeasyでsafetyな言い方ですから、あまり病人に心からの励ましを言いたいと思わない人にとってはいい言い方でしょう。

http://blog.goo.ne.jp/atom_2004/
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