2014/7/9

へそ石は一つではなかった?  へそ石観察記
いわき総合図書館に行ったおり、へそ石などの奇石群のある龍ヶ崎の古い写真が掲載されている写真集を見つけました。この龍ヶ崎の古い写真がいつ頃撮られたのかは記されていませんでしたが、蜂は昭和10年代ではないかと推測しています。この写真と蜂の記憶と龍ヶ崎の現状を比較対照すると、へそ石は1つではなく、過去にも幾つか存在していたのではないかと思われます。またこれからも新たなへそ石が出来てゆくのかもしれません。

図書館から借りて来た写真集
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写真集に龍ヶ崎が掲載されているページ
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龍ヶ崎の古い写真(昭和10年代?)
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 蜂の記憶に残る龍ヶ崎には鳥居とCの岩はありません。上の写真でははっきりしませんが@がへそ石と思われます。またAは蜂が福幸石と名付けた石、Bは蜂がへそ石と勘違いしていた石と思われます。Cの岩は蜂の記憶にはありません。


昭和30年代のへそ石【写真提供:『写真で綴るいわきの伝説』】
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 上の写真は蜂の知る時代の写真です。大きい赤丸がへそ石で小さな赤丸が福幸石と名付けた石(この頃は岩と云うべきかも知れません)と思われます。


今年6月に発見されたへそ石
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八大龍王尊の石碑前に手水用として置かれて石
【写真提供:『いわきのひみつ基地日記』】
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現在、龍ヶ崎の磯場にある奇石
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 龍ヶ崎の古い写真が撮られて推定80年ほど経過し、この6月砂の中からへそ石が発見され、へそ石と勘違いした石が存在するということから推測すると、この龍ヶ崎にはその時代その時代それぞれにへそ石に類する奇石があったのではないかと思うのです。現在、八大龍王尊の石碑前に手水用として置かれて石も、かつては龍ヶ崎の岩場にあった石と思われます。仮にこの石が初代のへそ石だったとすると、私の知るへそ石(6月砂の中から発見されたへそ石)は2代目のへそ石、そして福幸石やへそ石と勘違いしていた石は3代目、4代目のへそ石となってゆくのかも知れません。
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