2012/4/1

蜂が関わっている団体や活動  
各種行事が目白押しでしたが。多忙さも2月の中旬で峠を越えました。そこでしばらく心身のリフレッシュのためブログ更新を休ませていただきました。今日から4月、新年度のスタートを機にブログ更新を再開いたします。 蜂が現在関わっている団体や活動など、たずさわったいきさつを含め紹介いたします。地域活動や趣味の二つことに端を発し、それが縦・横・斜めに広がって行ったことと、いったん首を突っ込むと手抜きの出来ない蜂の性格から、次第に深みに入って行ったようです。

今回は文字だけのブログ内容です。忙しい方は時間がある時にでも読んで下さい。また、大して面白い内容でもありませんので、読んでいただかなくても結構です。








          現在関わっている団体や活動

           1.地域活動
            @地元まちづくり協議会 文化伝統部会々員
            A員菩提寺総代
            B地元小学校 学校評議員
            C地元小学校 子供見守り隊々員
            D地元防犯協会々員

           2.所属団体
            @ハワイアンバンド『パイン・カマアイナス』メンバー&事務局担当
            Aいわきハワイ交流協会 理事
            BNPOフラガールズ甲子園 理事
            CKコーラス 会長

           3.主宰・支援・相談・企画活動
            @慰問ボランティア『グループ旗』 主宰
            A某カラオケ教室 企画・相談・支援
            B歌仲間懇親グループ『湯歌慰な仲間』 企画相談活動

           4.音楽講師
            某カルチャーセンター ウクレレ講師



 地域活動に入るきっかけは、地元まちづくり協議会の会長を務める伯父からの誘いでまちづくり協議会(1−@)に入会したのが始まりでした。文化伝統委員会(現在文化伝統部会と改称)の一員として古い漁具の収集と地域に関する古い写真の収集などの活動をしていました。この文化伝統委員会の委員長が菩提寺の住職でした。4年前に蜂の住む地区の総代が亡くなり、住職より後任の総代(1−A)に推挙され引き受けました。また、まちづくり活動で知り合った友人に、以前PTA会長を務めた経験を生かし学校評議員になって欲しいと懇願され学校評議員(1−B)になりました。また、この友人から防犯協会々員(1−D)も依頼されました。学校評議員になった学校長からの依頼で子供見守り隊々員(1−C)を引き受けました。

 所属する各団体や主宰・支援・相談・企画活動に加入したきっかけは、趣味の音楽を通して知り合った人たちとの交流からでした。

十数年前にある温泉施設で開催されていたカラオケ大会に出場した際に、審査員をしていたのが、M先生(カラオケ大会審査員時参加者は先生と呼んでいて、現在も継続して先生と呼んでいます)と某カラオケ教室を主宰しているH先生でした。M先生はかつてハワイアンバンドを組んでいたこともあり、日本ハワイアン音楽協会の理事を務めていました(現在も継続中)。M先生はかねてから、いわきにハワイアンバンドを作ることを考えていたようで、カラオケ仲間でウクレレ経験のある蜂にバンド結成の話が来ました。蜂は若い頃にハワイアンバンドを組みたいと考えていた時期もあり、すぐに話がまとまり、ハワイアンバンド『パイン・カマアイナス』(2−@)の結成となりました。

 M先生はいわきハワイ交流協会の理事も務めていることもあり、同協会主催のフラパーティーにパイン・カマアイナスが出演するようになりました。このパーティーの開催にあたり、チラシ作成やチケットの作成を蜂が手伝ったことで、同協会理事(2−A)に推挙されました。また、同会が深く関わった『フラガールズ甲子園』開催にあたり実行委員になり企画担当をつとめました。第1回大会の成功を機に『NPOフラガールズ甲子園』(2−B)結成の運びとなり、理事を引き受けることになりました。

 Kコーラス(2−C)には、蜂が元所属していた合唱団の一員だったI氏の依頼で入会しました。彼はKコーラスの会長でしたが、持病悪化のため会長を辞任。その後任に蜂が選出されました。

 一昨年6月、あるデーケアサービス施設に勤めている蜂の親戚から、施設利用者の誕生会に出演を依頼されました。そこで急遽、カラオケを通し知り合った4人で日舞・懐メロ・童謡を披露しました。この4人で慰問ボランティア『グループ旗』(3−@)を結成しました。『グループ旗』は4人の名前の先頭アルファベッドを組み合わせた『HATA』から命名しました。

 温泉施設で開催されていたカラオケ大会の審査員をしていたH先生は、自分の主宰するカラオケ教室でもカラオケ大会や発表会を開催しています。いつ頃からかその企画や運営(3−A)などを相談されるようになりました。プログラムの作成や審査などで協力。また歌手を迎えての歌謡ショーやディナーショーの企画や運営にも加わるようになりました。

 温泉施設で開催カラオケの大会に出場していた当時、そこでゲストで歌っていた男子高校生が、高校卒業後プロ歌手としてデビューしました。その少年を支援する人たちで、毎年旅行をしていました。その旅行の幹事役をしていたのが蜂でした。ある事情でその少年は歌手を辞めましたが、旅行はその後も続いております。また、そのメンバーの要望で新年会もやるようになり、『湯歌慰な仲間』(3−B)と命名し蜂が継続して幹事役を担当し、各種行事の企画しております。

 昨年初め某カルチャーセンターのウクレレ講師が急逝しました。主催する団体が、いわきハワイ交流協会に講師紹介を依頼して来たことで、蜂が推薦されウクレレ講師(4)に就任しました。




このように関わっている団体や活動などを列挙してみると、蜂としては、もう手いっぱいの感がします。しかし、地元まちづくり協議会の会長を務めていた伯父が勇退し、4月から蜂がその後任に当たることになりました。また、津波被害で地元の民生委員が転居してしまい、その後任も蜂が務めることになりました。これらの任を果たしきれるか、不安でいっぱいですが『成せばなる』の精神で新年度をスタートすることとします。
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