2012/1/20

苦しい時の神頼み? 川崎大師・成田山参拝ツアー  
1月14日(土)に某旅行会社の日帰りツアーで川崎大師と成田山を参拝して来ました。天候に恵まれ、バスの車窓より日の出、常磐道より筑波山、首都高速から富士山、帰路の圏央道から牛久大仏が良く見えました。それぞれに祀られている神様や仏様にバスの中から今年一年の『平穏無事』を祈りました。川崎大師、成田山とも一月ということで多くの参拝客が訪れて賑わっていました。蜂の成田山参拝は34年ぶりで、その変わりように驚きました。

川崎大師・成田山新勝寺 大本殿
クリックすると元のサイズで表示します











 国道6号線を南下午前7時過ぎ、野口雨情の故郷北茨城市磯原を通過中に日の出を迎えました。その美しさと神々しさに感嘆の声が上がりました。車窓より昇る朝日に手を合わせ当日1回目の参拝となりました。

野口雨情の故郷で見る日の出
(朝日の左下のシルエットはとうりゃんせの像)
クリックすると元のサイズで表示します



 常磐道土浦付近では筑波山がその姿を現しました。ここには筑波神社があり、男体山(871m)には筑波男大神(伊弉諾尊)が祀られ、女体山(877m)筑波女大神(伊弉冊尊)が祀られているとのことで、車窓より当日2回目の参拝は筑波山でした。

筑波山(左の峰が男体山・右の峰が女体山)
(参考写真であり当日の写真ではありません)
クリックすると元のサイズで表示します



 守谷SA付近からは雪をかぶった富士山が見えました。富士山には富士山本宮浅間神社があり、木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)が祀られているとのことです。『このはなのさくやひめ』とは印象に残る名前です。富士山に手を合わせ車窓より当日3回目の参拝をしました。

車窓より雪をかぶった富士山が見えた
(参考写真であり当日の写真ではありません)
クリックすると元のサイズで表示します



 首都高速も渋滞は無くスムーズに通過し、川崎大師には午前10時過ぎに到着しました。バス駐車場から川崎大師までは約15分歩きます。10数年前に訪れた時はバスの駐車場が川崎大師境内(あるいは境内すぐ近く)にあったのですが‥‥。足の悪い方にとっては大変な距離ではないかと思います。旅は足腰丈夫なうちしなければならないことを感じました。

 川崎大師のご本尊は厄除弘法大師で正式には金剛山金乗院平間寺と称する真言宗 智山派のお寺です。高尾山薬王院、成田山新勝寺とともに関東三本山のひとつです。1813年(文化10年)に徳川幕府第11代将軍、家斉が厄除に訪れた事から厄除け大師として一般に広まったとのことです。

 大山門に至る仲見世通りは、名物のとんとこ飴を売る店での飴を切る小気味良い音が、賑いの雰囲気を更に盛り上げていました。仲見世通りは他にだるまや縁起物を売る店や和菓子店などが多く並んでいました。妻は帰り客の多くが四角い箱の入ったレジ袋を吊り下げていることを不思議に思っていたようでした。これは川崎大師のもう一つの名物、久寿餅(葛餅)でした。

川崎大師大山門に至る仲見世通り
クリックすると元のサイズで表示します



 大本堂を参拝し境内を一回りしました。遍路大師の後側に四国八十八カ所の寺院名が刻まれている石碑があり、そこでその石碑一つ一つ手を触れて廻りました。いつの日にか本当の四国八十八カ所巡りをしたいものです。

矢印のルートで境内を巡る(赤丸印が遍路大師像)
クリックすると元のサイズで表示します

第一番札所の石碑に手を触れ参拝する蜂
クリックすると元のサイズで表示します

第八十八番札所の石碑に手を触れ参拝する妻
クリックすると元のサイズで表示します



 川崎大師参拝後、大山門そばの和菓子店で休憩。妻が興味を抱いた『久寿餅』と縁起が良さそうな名の付いた『祝い餅 福の舞』を食しました。小腹が空いて来ていたこともあり、大変おいしく頂きました。勿論土産としての久寿餅も購入しました。

『久寿餅』(写真手前)と『祝い餅 福の舞』(写真奥)
クリックすると元のサイズで表示します



 仲見世通りの縁起物を中心にしたある店に入ると、合格ダルマが多数並んでいました。妻には今年高校受験と大学受験を控えたの2人の甥がいるので、紅白の合格ダルマを「必ず合格する」と信じ購入しました。

店先に並んぶダルマの数々
クリックすると元のサイズで表示します



 川崎大師後にし成田山に向かいました。アクアラインを通り、途中海ほたるに立ち寄りました。ここには海底トンネルを掘った掘削用の刃が展示されています。蜂は海ほたる3回目ですが、一度も近くで見たことが無かったので見に行って来ました。遠くから見るのと大違いで、その大きさに驚かされました。

海底トンネル掘削用の刃
(下の人と比較するとその大きさが良く分かる)
クリックすると元のサイズで表示します



 午後2時過ぎに成田山に到着しました。成田山新勝寺は真言宗智山派の寺で、同派の大本山のひとつです。本尊は不動明王。関東地方では有数の参詣人を集める不動明王信仰の寺院です。一般には『成田不動』あるいは単に『成田山』と呼ばれることが多いようです。蜂がここに参拝するのは34年ぶりです。母がくも膜下出血で療養中に病の全快を祈って訪れました。この時の成田詣が良かったのでしょう。現在母は85歳、元気に毎日を過ごしています。その当時の新勝寺の記憶をたどってみましたが、大分様変わりしていて全く別な場所に来てしまったようでした。正に浦島太郎になった心境でした。

成田山新勝寺境内マップ(矢印の順に巡って来た)
クリックすると元のサイズで表示します



 成田山公園付近が大きく変わったようです。平和大塔が昭和59年(1984年)に、また成田山公園は平成10年(1998年)に大改修されたとのことです。蜂が前回訪れたのが昭和55年(1980年)ですから、今浦島の心境になるのも仕方の無いことです。参拝時間が午後2時を過ぎていたためか、そんなに混雑していませんでした。比較的ゆっくり参拝することが出来ました。

成田山新勝寺 平和大塔
クリックすると元のサイズで表示します



 成田山参拝を済ませ、今回の見学・参拝日程を全て終了し、帰路は稲敷ICより圏央道に乗りました。車窓から大きな大仏が見えました。牛久大仏です。牛久大仏はブロンズ製大仏立像で、全高120m(像高100m、台座20m)あり、奈良の大仏(像高14.98m)が掌に乗るとされています。立像の高さは世界で3番目ですが、ブロンズ立像としては世界最大としてギネスブックに登録されているとのことです。今回の旅の最後を、この牛久大仏に車窓より手を合わせて締めくくりました。

圏央道から見る牛久大仏(参考写真であり当日の写真ではありません)
クリックすると元のサイズで表示します







『苦しい時の神頼み』と言いますが、蜂はそんなつもりで今回のツアーに参加したつもりはなかったのですが、結果的には『苦しい時の神頼み』だったのかも知れません。昨年の地震・津波・原発事故・風評の被害の体験から「平穏無事がどんなに幸せなことなのか」をあらためて認識し、目にしたあらゆる神や仏に『平穏無事』をお願いしていました。
0

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ