2010/3/27

感動!! とある小学校の卒業式  
クリックすると元のサイズで表示します今朝ブログをチェックしていたら、『午後、たった一人の卒業式』と題するブログが目に入った。「えっ〜、今時こんな学校があるんだ〜」と驚くと同時に大きな感動を覚える記事でした。N県にあるとある小学校のとある校長のブログです。蜂がくどくどと説明するより、その記事を読んでいただいた方がわかりやすいでしょう。それでは『午後、たった一人の卒業式』を読んで下さい。






午後、たった一人の卒業式



来た。

来てくれた。

よかった。

精一杯のことをしてあげたいと思った。

すでに午前中、無事に卒業式は終わっていた。



今年の6年生たちは、一時期一部の子どもたちの行動が心配された。
前年度の6年生たちは、「学級崩壊」とまでは言わないが、教師や親の言うことを聞かず、心配な状況で最後の一年を過ごした。
担任の言うことを聞かない子、聞けない子が男女を問わず広がった。
そして、卒業式では呼名されても返事をしない子が続出した。
今年度の2学期、6年生の男子の数名が、今年もそのような行動になりつつあった。
周囲の子への影響力が心配された。
A女は、彼らの言動に悩まされ、不登校に陥った。
 
6年生の行動が不安な男子たちには、幸い次々と打つ手が功を奏し、昨年のような悲惨な状況にまでは陥らなかった。
周囲の子どもたちと、別な好ましい人間関係も生まれた。
多少の見苦しさは残ったが、昨年のような状況は回避することができた。
担任の呼名に、大きくなくても返事はしていた。
卒業証書を受け取る子どもたちは、きちんと目を合わせて礼をしていた。
いい目だった。
今年の卒業生たちは、大丈夫だ、と思った。
卒業生の歌う「YELL」の歌声は、男子の声は小さかったけれど、口が開いていた。
無事に卒業式は終わった―。
卒業式を終え、親と一緒に昼食会に参加した6年生の子どもたちは、中学校の新しい制服もまぶしく、はしゃぎながら帰って行った。

でも、呼名で返事のない子がいた。
当たり前だ。
なぜなら、彼女は、学校に来ていなかったのだから。
A女。彼女の不登校は、学級がある程度落ち着いた今も、続いていた。
卒業式。小学校最後の日なのに、学校に来られない彼女のつらさがわかるか。
来る勇気がないのではない。
来たくても、来られないのだ。
行かなくてはいけない。
でも、皆のいるところへ行こうとすると、足がすくんで動かないのだ。

午後になり、卒業生たちも親たちも皆が帰った。
今がチャンスだ。
担任が、家庭に電話をした。
今なら、学校に行けそうだ、と言う。
すぐに来てください。待っています。

職員室で、呼びかけた。
A女のために、できるだけのことをしてあげたい。
協力をお願いしたい、と。

ほどなく、彼女は母と、車で学校に来た。
「先生方、お願いします。」と叫ぶ私。
ピアノ伴奏の先生が、楽譜を持っている。
うれしい。
国歌と校歌、歌いましょう。
思わず、そうお願いしていた。

正装に着替えて、体育館に行った。
体育館には、まだ「卒業証書授与式」の看板が下げてある。
鉢植えのアザレアの花が並ぶ中に、ポツンと一人、いすに座っているA女がいた。
残してあった保護者席に座る彼女の母に近寄り、「精一杯務めさせていただきます。」と言って、お辞儀をした。

やがて、教頭先生の開式の言葉が、がらんとした体育館に響き渡る。
「国歌斉唱。」
「校歌斉唱。」
いずれも、音楽主任が指揮をする。
伴奏者がピアノを軽やかに奏でる。
周囲の先生方が、彼女のために、歌声を張り上げる。

「卒業証書、授与。」
進行係の声が響く。
担任が呼名した。
「はい。」
返事をして彼女は、たった一人自席から立ち上がり、演壇の前に立った。
目を合わせた。
「本校において、6ヵ年の課程を卒業したことを証する」
卒業証書を渡すと、A女は両手できちんと受け取り、深々と頭を下げた。
りりしく前を見つめ、目をそらすことはなかった。
やがて、証書を片手に持ち換え、しっかりと自席に戻った。

「学校長式辞。」
午前と同じ内容の、式辞を読む。なぜか。
この子にも聞いてほしかったから。
この子のお母さんにも聞いてほしかったから。
時折うなずきながら、聞いてくれるA女。
…式辞が終わった。
目を合わせて、お辞儀を合わせた。
彼女の母は、何度もハンカチで目頭をぬぐっていた。

「卒業生退場。」
彼女は、音楽に合わせて、一人で広い体育館を歩き、会場を後にした。
大丈夫。これからもいろいろあるだろうけど、生きていける。
彼女のこれからに、幸あれ。
その幸を、信じている。

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