2009/10/8

菩提寺総代研修旅行 -2-  
今日は菩提寺総代研修の旅の第2回目です。前回は史跡慧日寺跡の見学の様子ををお伝えしましたが、今回はその続きと次の研修先湯川村にある勝常寺参拝をお伝えします。



  慧日寺は、かつては寺僧300、僧兵数千、子院3800を数えるほどの隆盛を誇っていたと云われていいます。早速散策してみましたが、とても1時間半程度の時間では見学しきれません。徳一廟、山門、薬師堂そして再建された金堂と中門、磐梯山慧日寺資料館をサァ〜と見るだけが精一杯でした。磐梯山慧日寺資料館だけでもゆっくり見ると1時間以上必要ではないかと思いました。また、かつての栄華を偲びつつ史跡慧日寺跡を散策するには半日くらいはかかりそうです。機会を見つけもう一度訪れてみたいと思いました。

                    磐梯山慧日寺資料館
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 史跡慧日寺跡を後にして次の訪問場所、河沼郡湯川村にある勝常寺に向かいました。会津盆地の刈り取り直前の稲穂が黄金色に輝き、その向こうに立つ磐梯山の姿を見ていると『民謡 会津磐梯山』の一節が浮かんで来ます。

        「エンヤ〜 会津磐梯山は宝の山〜ヨ
                笹に黄金がヨ〜 なり下が〜る」


            稲穂が黄金色に輝く まさに『民謡 会津磐梯山』の世界
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 勝常寺は807年慧日寺を開いた徳一上人によって開かれた東北を代表する古刹です。創建当初の寺院名は詳らかではないが中世以後勝常寺としている。創立された当時は七堂伽藍が備わり、多くの附属屋、十二の坊舎、百余ヵ寺の子院を有する一大寺院であったと伝えられています。現在残されている建物は元講堂(薬師堂)、本坊(客殿)、庫裏、中門等で仏像も三十余躯保存されています。

                栄華を誇っていた頃の勝常寺の見取り図
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 元講堂(薬師堂)に入る前に案内の僧侶より勝常寺の歴史などの説明を受け、収蔵庫に入りました。収蔵庫は鉄筋コンクリート造りの建物で内側は杉材で内装され、国宝の日光・月光量菩薩立像、以下、国重文の十一面観音菩薩立像など11躯の仏像が安置されていました。

                収蔵庫に安置されている11躯の仏像
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                  国宝の日光・月光量菩薩立像
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 薬師堂に入り菩提寺の方丈さんと共に般若心経を読経しました。お経は黙って聞いていても耳触りが良く心地良いものですが、読経すると何故か心安らぐことを初めて知りました。年齢がそうさせるのかも知れません。読経の後国宝の薬師三尊のひとつ薬師如来坐像をゆっくりと拝ませていただきました。額が極端に狭く分厚い唇が印章的な像でした。

           国宝の薬師如来坐像(下の写真)が安置されている薬師堂
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菩提寺総代研修の旅−2−はこれまでとします。歴史と仏像の話ばかりでつまらなかったかもしれませんネ。ところが年齢を重ねてくると、こんなことが面白くなってくるンです。これで飽きることなく『歌の世界』次回も見てやって下さい。
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