2007/11/30

波乱の11月  
義父の急死など‥‥
   波乱にとんだ11月





11月も今日で終わりです。私にとり義父の急死や長男の交通事故遭遇などで波乱にとんだ11月でした。



 10月29日に胃の全摘手術をした義父でした。手術は成功し、術後順調な回復の兆しに安心しておりました。ところが数日経過しても高熱が続き下がる気配がありません。肺炎を併発したとのことでした。(私の)妻とその兄弟姉妹が病院に泊まり込んでの必死の看病にも好転する兆しがありません。

 11月11日午前10時頃、それまで何とも無く(私の)妻と(私の)義母と会話を交わしていた義父が、突然意識不明となったのです。脳梗塞を起こしたのです。左半身不随の状態でした。

 翌12日に撮影したCT写真には右脳の半分以上が壊死した状況が写されていました。意識の回復は絶望的との担当医の言葉に愕然としました。それでも一縷の望みをかけ人工呼吸器を装着することにしました。

 13日午前1時半、看病に付いていた(私の)義弟より『危篤』の報が入りました。私が病院に到着したときには、かろうじて心臓が動いておりましたが、午前2時過ぎ頃(正確な時間は把握していません)に心停止状態になりました。強心剤をうち心臓マッサージを施しましたが、義父の心臓は再び鼓動することはありませんでした。家族全員の到着を待ち人工呼吸器を取り外しました。時に平成19年11月13日火曜日午前2時56分のことでした。





 義父の葬儀を17日に済ませ、普段どおりの生活が始まった26日(月)のお昼でした。私の携帯電話が鳴り出しました。長男からです。何か不吉な予感がよぎりました。

 「交通事故に遭遇してしまい、今救急車で病院に搬送されている」と本人からの連絡でした。電話の声の様子から本人の意識に問題は無さそうでしたが、大した怪我でないことを祈りました。妻に連絡し、搬入予定病院に急行しました。

 息子は整形外科の診察室におりました。話を聞こうとして診察室に入ろうとしましたが、看護士に制止させられてしまいました。待合室から見える息子の様子をうかがっていました。出血などは無いようです。移動用ベッドに仰向けになったまま、どこかへ携帯電話で連絡をとっています。その様子に少し落ち着きを取り戻した私でした。

 レントゲン検査に行く息子に話を聞くことが出来ました。車にはねられ2〜3mくらい飛ばされたとのことでした。腰から肩にかけ強打しているが頭部は打っていないとのこと。息子がレントゲン室に入った直後、血相を変えた妻が到着しました。それまで私の知り得た情報を伝えると、妻も少しは落ち着いたようでした。

 息子は再び診察室に運ばれました。担当医らしき人が入ってしばらくすると、息子が移動用ベッドから降り、立っている姿が確認出来ました。この時点でほっと胸をなでおろしました。

 仕事先の建築現場で出来事でした。隣の家の方が車庫入れをしているときに、車が突如暴走(運転操作の誤りか?)し、はねられたとのことでした。レントゲン検査の結果、幸い骨には異常が無く打撲の診断でした。内臓への影響を懸念し、翌日からCT検査やMRI検査を行っております。打撲の痛みは未だ癒えず仕事は休んでおります。内蔵に異常が無く痛みも癒え、元気に出勤する息子の姿を早く見たいものです。





波乱にとんだ私の11月でしたが、唯一の吉報は某温泉でのカラオケ大会の月間大会に準優勝したことです。この準優勝で来年6月に開催される年間グランドチャンピョン大会の出場が決まりました3年かけての夢実現で、暗い心の中にほのかな明かりが点った思いです。


0

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ