「ガンマ・ジー・ティ・ーピー、聞いたことありますでしょ?」
「ビールのおつまみかなんかですか?」
「・・・それは柿ピーです」
「あ・・・」
「ガンマ・グルタミルトランスペプチダーゼ、つまり肝臓の解毒作用に関係している酵素のことです。肝臓や胆管の細胞がこわれると血液中にガンマ-GTPが血液の中に流れ出てくることから、『逸脱酵素』といわれます」
「イツダツしちゃうんだ・・・」
「しちゃいます。健康診断のときに最も重視するのは・・・」
先生は私のことなどまるで無視して話を続けた。
「・・・脂肪肝です。とくにアルコールを飲む中年男性の場合、飲みすぎによるアルコール性脂肪肝が問題になります。そのいちばんの指標として、このガンマ-GTPが重要になってくるんです。正常値は男性で50以下、女性で32以下です。この数字読めますか?」
先生は血液検査結果表を私に見せ、その上部の数値を指し示した。
「172」
「そう、ひゃくななじゅうに。治田さんのガンマGTP値です」
「少ないなぁ・・・」
「多いわ!」
「すんません」
「いいですか、ガンマ-GTP値で注意しなくてはいけないのは
100以上になった場合です。100〜200ですと、脂肪肝が進行している可能性があります。かなりお酒の飲みすぎですね」
「そうなんだ・・・」
「治田さん!」
穏やかだった先生の顔が突然変わった。それはまるで、失言した大臣を罵倒する野党議員のようであった。
「厳格な節酒、もしくは禁酒が必要です!」
そう、言い放つと、先生は机の上にあったお茶をぐいと飲み干した。
私は恐る恐る切り出す。
「あの、お言葉を返すようですが・・・」
「返せません」
けんもほろろだ。
「やったんですけど・・・」
「へーえ・・・」
聞く耳を持たない。だが、私はひるまず切り出した。
「禁酒したんです」
「・・・え!?」
「五日前、血液検査をした日から今日まで一滴も飲んでいないんです!」
「・・・うそ」
「ほんとに」
先生は目を見開いた。
「おおお!」
突然、私の手を握ってくる。
「えらい!じゃあ、今日も血液検査してみましょう!!」
気色ばんだ先生は看護婦さんを呼ぶ。
「果たして、どれくらい変わったか・・・」
私は診察室を一旦離れると、隣の部屋で看護婦さんに血を採取してもらった。
メチルアルコールの臭いがプンと鼻を突く。看護婦さんは消毒を終えると、腕にゴム管を巻き、私の腕にブスリと針を指した。みるみる注射管の中に血液が吸い込まれる。
「んま!きれい!!」
看護婦さんが驚嘆の声を上げる。
五日前はすき焼きの割り下色だったが、今日のはまるでロゼ・ワインのような美しいピンク色、フランスはアンジュー地方の名酒;ロゼ・ダンジュそのものだ。
三時間後、私は再び診察室に戻った。
「そうねぇ・・・」
先生は新しい検査表をじっと見ている。
「ガンマ・GTP、多少は下がってますけど・・・でも、中性脂肪は逆に増えてるなぁ・・・」
ぎくっ。
酒を飲まないと口さみしくて、つい、飯は大盛り、甘いもんはガバガバ食っていたのだ。
「治田さん・・・」
「はい!」
突然、先生は真剣なまなざしで私に言った。
「あなたが今、立っていられるのは、お仕事柄バレエのレッスンをしたり、走ったり“動いていらっしゃる”からです。もし、これが普通の人だったら、多分、間違いなく倒れているでしょう」
「・・・」
返す言葉がなかった。
「どうか、いたわってあげてください・・・ご自身のお体を」
あれから十日・・・
不安材料もあったが、善玉コレステロールが並外れて沢山あることとか、糖尿の心配が皆無であることなど、良い材料もいくつかはあり・・・
とりあえず「今死ぬ」わけではなかった。
しかし、私の職業は俳優である。
それも、歌って、踊って、芝居するミュージカル俳優である。
禁酒はきついが、節酒はちゃんと実行している。
それも「休肝日」などという生ぬるいことはやらない。
「働肝日」を作ったのである。
肝臓を働かせるのは週に二回だけ、つまり、酒を飲むのは水曜と土曜の二回である。
やってみると・・・これがなかなか悪くない。
毎日、走っているのだが、最後に待ち受ける「恐怖のロッキー・フィレデルフィア・大階段」を、初めは息せき切っていたのが、今じゃ、二段飛びですいすい登っている。
この調子で、四月から始まる「マイ・フェア・レディ」全国ツアーに臨むつもりだ。
そう・・・六十、七十になっても、バリバリ動ける役者でいられるため・・・これからだ!
はるパパは生まれ変わったのであった。
「おめでとうございます!良かったぁ!!」
電話口で、心配してくれていた隣人、ミセス・ショーシャンクは大喜びである。
「じゃあ、大丈夫ですね?」
私は胸を張って答えた。
「問題なーし!!」
二日後、ショーシャンク邸には住民が集まり「はるパパ・健康祝勝会」が盛大に開かれたのであった。
その日は土曜日・・・したたか飲んだことは、言うまでもない。
「僕も動かなくっちゃ・・・」 BY 知り合いのレオくん

1