劇団四季の頃、友人の役者が腕時計を眺めて微笑んでいた。
訳を聞けば、「頑張った自分へのご褒美」だそうだ。
キラリと光るその時計、さすが劇団四季俳優、ブランドはスイスの名門タグホイヤーだった。
人生に失敗はつきもの。
自分に関すれば、いっぱいありすぎてどれがどれだかさっぱり分からない。
あえて分類すれば、「挫折並」、「小盛り」「中盛り」、「大盛り卵味噌汁おしんこ付き」って感じ。
(おまえは吉野家か・・・)
去年は「大盛りつゆだく温泉卵付き」ってのがあった。
ま、かなり頑張ったオーディションに落っこったわけ。
ショックだったねぇ・・・
だって、今でも思う、あれ以上は頑張れないって。
そしたら、神様も粋なことする。
「ピノキオ」をくれたのだ。
KAATから企画書が送られてきて、対象の欄に「幼稚園から小学生」と書いてあった。
あ・・・
子供ミュージカルか・・・
正直、ちょっと抵抗はあった。
大昔、遊園地で子供ミュージカルをやったとき、あまりいい思い出はなかったからだ。
でも、ふと思い出した。
音楽座さんの「アイラブ坊ちゃん」のときも、いただいた役「野だいこ」に、実は、かなり抵抗あったのだ。
一番やりたかったのは(前回やった)校長先生、赤シャツ、そして、なんにでもしゃしゃり出る萩野婦人。
校長と萩野婦人なら二役でやれる!
・・・なんて密かにほくそえんでいたぐらい。
だから、悩んだ。
でも、そのときもまた「思い出した」のだ。
「美女と野獣」のとき、一番やりたかったのはルミエール。
でも、ルフウだった。
あ・・・
・・・頑張りゃいいんだ、好きになれるまで・・・!
この二つの役は、実は、あまり書き込まれていない。
だから、必死で行間を埋めた。
このセリフとこのセリフの間に一体何が起きたか・・・だからこんなこと言うのか・・・謎解きをやっていくうち、だんだん夢中になっていく。
そして、答を見つけたときなど小躍りしたものだ。
「ピノキオ」は多分、今まででも五本の指に入るぐらい頑張った。
昔、浅利先生に良く言われた言葉・・・
「治田、フンイキで芝居するな!」
せんせい、あたしゃ稽古場へ行くまでいっぱい準備しましたよ。
「謎解き」はもちろん、相手役との位置関係まで綿密にプランを練った。後輩への助言も全部具体的にした。
「ピンとこないのよね」みたいな抽象的なアドバイスほど迷惑なものはないからだ。
今回のダメ出しで一番印象的だったのは深沢先生の、
「治田さん、あなた最初の音が強く出て、その後がしぼむから聞きづらいのよ」
目からうろこ・・・もう、できるだけ均等に喋るよう心掛けた。
発声練習もかなりやった。
で、はたと気付いたのだ。
去年の挫折「大盛りつゆだく温泉卵付き」・・・
あの時の貯金に結構利息が付いていたのだ!
「失敗」と書いて「成長」と読む。
敬愛する野村監督の言葉。
先日、わたしは時計を買った。
タグホイヤーは買えないけれど、ヨドバシでポイント全部使って買った安物だけど。
でも、「メイドインジャパン」を選んだ。
次の稽古は11月2日から。
また、ご褒美出せるよう、しっかり準備しなくっちゃ!
「あたしは牛乳がいいのよ・・・」


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