日本の美しき「春夏秋冬」は今や「夏秋酷夏いきなり冬」と化してしまいました。
お願いだから「間をとってくれまへんやろか」っていうこの急激な温度差、地球は本当におかしくなっているようです。
9月22日休演日、突然舞い戻ってきた猛暑、流れる汗をぬぐいながら私はル・テアトル銀座へと足を向けました。
ギリシャ悲劇「イリアス」二回公演、夜の部観劇です。
開演前、楽屋を訪ねました。
「はるパパ!」
握手を交わし、青年は元気に私を迎えてくれました。
「外、すごい暑さだよ。35度だって!」
ふらふらしながら私は言います。
「そうなんだ。一日劇場にいるから全然分かんなかった。今から(観るの)?」
「勉強させてもらいます」
「よしてよ、もう!」
青年は照れくさそうに言いました。
彼がどんな芝居を見せてくれるのかとても楽しみです。
正直言うと、「うーん・・・ギリシャ悲劇か・・・」って気持ちでおりました。
猛暑日にはあまり似つかわしくないジャンルに思えたからです。
しかしながら、どうして、なかなか見ごたえがありました。
とりわけ二幕は秀逸でした。
コロス(5人の女性)の使い方が巧みです。
長台詞を一人で喋ったり、ユニゾン(同時に一緒)で喋ったり、ずらしながら喋ったり、動きも(全員ミュージカル女優ですから)バレエ的な要素が入ったりで、とても惹かれました。
生演奏の音楽も効果的に心象風景を表しています。
青年も多少喉は疲れていたようですが、やはりこの人は巧者であることに間違いはありません。
ボソッと喋るところ等、随所に心の底の声が聞こえてきました。
しかし、役者って言うのは因果なものですなぁ・・・
舞台そのものよりはついつい俳優の演技を観察してしまいます。
この舞台を観て印象的だったのは、叫ぶ声とリラックスした声の使い分けでした。
叫ぶ声だと「うわっ、のど声!」って思わず耳を塞ぎたくなるような俳優が、リラックスするととてもいい声だったりします。
この「いい声」っていうのは美声という意味ではなく、説得力のある心の声という位置づけです。
その意味で新妻さんの声は歌う時も、喋る時も、叫ぶ時も、決して詰まることなくストレートに客席へ届いてきました。
「なんで今さらギリシャ悲劇?」っていう疑問が、彼女の「ひとは何故戦うの?」という問いかけ、その台詞を吐く声がど真ん中のストレートだから観客は納得したのだと思います。
そして、やはり、その頂点は(この芝居を観る目的でもありました)平幹二郎さんの声です。
二幕の最後、「ああ・・・!」という死んだ息子を悼む声、たった5秒の嗚咽だけでこの作品の全てを物語ったのです。
まさに鳥肌ものでした。
この5秒を味わうだけでもこの舞台を観に来る価値はあるでしょう。
素晴らしい俳優さんです。
新妻さんは天性のいい声を持つ方という印象を受けましたが、平さんはかつて肺を患い、全く声の出なかった時期を経験している俳優さんです。
訓練次第で人はあそこまでいけるのでしょうか。
だとしたら、私ももっと頑張らなくては。
酷暑の「イリアス」、あっという間の3時間、わたしの心も熱くなりました。
「はるちゃん、今、どこにいてんねん?」
「へ?帝劇でんがな」
「ほな、そっち行くわ!」
ってなわけで、突然東京へやってきたざこば師匠と、全日空ホテル36階スカイラウンジで飲みました。
師匠は以前「メリーウィドウ」と言うオペラに出演され、その時の共演者も一緒です。
来年はオペラ「こうもり」にも出演されるそうです。
「師匠も歌うんでっか?」
「歌うかいな!」
なんて照れてらっしゃいましたが、師匠も「いい声」を持つ落語家です。
その声で間違いなく観客を魅了することでしょう。
いや、楽しかった・・・!
これまた、あっという間の3時間でした。


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