ようやく秋の気配が見えたと思ったら、あっという間にどこかへ行ってしまいましたね。
汗だくになって坂道を降り、冷えた電車の中に滑り込むとほっとします。
ここから劇場のある日比谷までほぼ50分の行程・・・
私の快適読書タイムです。
最近はまってしまったのが「ロスト・シンボル」、あの「ダヴィンチ・コード」の作者ダン・ブラウンの最新作です。
「読んでみます?」
二幕冒頭、司教様の重たい衣装を着せてくれる衣装さんが、ある日突然、貸してくれました。
分厚いハードカバー全二巻、一巻目こそ時間がかかりましたが、二巻目からはあっという間です。
最後のページをめくった時は、まるで五つ星レストランのフルコースを食べ終えたような充足感でした。
「ダヴィンチ・コード」は文庫版で全三巻、映画より本の方が面白く、電車図書館でも一週間ほどしかかかりませんでしたが、この本も負けず劣らぬ大作なのに、全部で10日、二巻目に至っては三日ほどで読み終わりました。
はっきり言ってブラウンの本、知識の宝庫で、ヴォキャブラリーはむちゃくちゃ難しく、専門用語は縦横無尽に飛び交います。
翻訳も初めてみる漢字や、時にはアルファベットをカタカナに直しただけで、「おまえ、分かる日本語にせえや!」と、ぼやいたことも多々ありました。
しかし、それを差し引いても、スピーディーで意外性に満ち、読む者をぐいぐい引き込む素晴らしい物語の展開です。
あの異常な刺青男の正体が分かった時にはあっと驚かされました。
そして、この本が持つ最大の魅力はスリリングでサスペンスフルなエンターテインメントを装いながら、実は、何千年もの歴史の中で変遷を遂げた宗教と芸術と科学を通し、神が人のDNA及び潜在能力に与えた絶対的な真理を説く、深遠なる哲学書だということです。
「何のこっちゃ、分からんプー」
ま、早い話が・・・早く話せない一級品のエンターテインメント哲学なのです。
この作品のテーマは「神とは何か?」です。
私は「目には見えない本当のこと」を信じています。
自分に降りかかる数々の出来事、それは決して偶然ではない、大いなる宇宙の意志で、それを神とするなら、神が自分のために入念に仕組んだ意図が必ずあり、それを読み取り、いかに学習し、いかに展開し、向上させるかが「生きる」ということの意味だと思うのです。
「分からんプー・・・」
ま、早い話が・・・
他人(ひと)のことは気にせんでいい・・・
そう私は解釈しています。
「神」というのが、頭に輪っかを載せて翼のはえたおじさん・・・じゃなくて、「自分自身を向上させる為の指針」だと考えるのです。
『神は自分の内にある』
「ロスト・シンボル」の中でそんな一節が出てきますが、まさにそういうことです。
つまり、神に出会うと言うのは(自分では気付いていない、実は、驚くほどの力を発揮するであろう)「自分の潜在能力を目覚めさせる」ことなのです。
他人(ひと)のことは気にしなくて良い。
他人の地位が自分より上だ、自分よりいい家に住んでいる、自分より稼いでいる、自分より・・・
もう、どうでもいいことです。
それよりも、昨日の自分より今日の自分の方が向上したか、それが問題だと思うのです。
肉体的にはある時期を境に下り坂となります。
脚は上がらなくなるし、白髪は増えるし、膝も痛くなります。
でも、それを補って余りある「味」みたいなものが出てくれば、「老い」が「負い」ではなく神への「追い」となるのです。
死ぬまで真理を追い求める、それが人生を全うすることの意味なのかもしれません。
今の私は歌を追い求めています。
勉強すればするほど、息の流れはお腹を出発点にしたがります。
何の関もない深い筒を息がただ流れる・・・
内なる神へとつながっていきます。
真理はとても単純なこと、だから絶対的なのかもしれません。
自分の時計だけ見ていればいい。
分かっていても、時には不安、焦りに襲われます。
「読んでみます?」
何故、衣装さんは私にこの本を貸してくれたのでしょうか?
そこに大いなる意志を感じずにはいられません。
この本を読んで、改めて安息を得た私はもう一度・・・
深く呼吸できたのです。
「分かった・・・プー」

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